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兵士の学舎

 魔導院が開設されてから一ヶ月が過ぎた。


 窓枠を叩く雪の音が日常の一部となり、生徒たちの手の中で暴れていた器具も、今では安定した熱を保ち続けるようになっている。基礎課程の修了を告げる日の午後、教室の机の配置が変わった。


 前列の机がそのまま残り、後列の机は壁際に寄せられている。ハルグリムが教室の入口に立ち、手元の書類に目を落としながら、前列の市民たちに向かって声を張った。


「リーゼル、マルテ、ハンナ、フリーダ。基礎課程を修了した者から順に、城下の各施設への配属に移ります。暖房管理、照明の維持、工房の炉の運用。それぞれの適性に応じた配置先をディートリヒが案内します」


 ディートリヒが前列の生徒たちの前に立った。革手袋をはめ直しながら、一人一人の顔を見ている。


「リーゼルとフリーダは南区の共同暖房所。マルテは城下のパン工房。ハンナは父上の金物工房に新設する炉の管理です。いずれも明日から現場での実習に入ります。分からないことがあれば、私かハルグリム参謀に」


 リーゼルが席を立った。三つ編みの先を肩越しに払い、隣のフリーダと目を合わせる。二人の足取りに迷いはなかった。あの日、聖王が残した言葉が、一ヶ月経った今でも身体の中に残っているのだろう。マルテは無言で椅子を引き、ハンナは机の上の器具を名残惜しそうに撫でてから立ち上がった。


 市民たちが教室を出ていく足音が廊下に消えた後、部屋には後列の兵士たちとナナハルトだけが残された。


 壁際に寄せた机を元の位置に戻す必要はなかった。マティス、ヴィルヘルム、グスタフ、カールの四人が、前列の空いた机に移動してくる。椅子に座り直す動作に、市民たちとは違う重さがあった。軍靴が石畳を踏む音が揃っている。


 ナナハルトは作業台の上に並べた布を剥いだ。


 鉄の器具が現れた。小型暖炉とは形が違う。細長い円筒形の筐体に握りが付いた、片手で保持するための形状だった。先端に聖遺物の欠片が嵌め込まれ、握りから先端までの間に刻まれた回路の溝が、暖炉のものより明らかに深い。


「これから扱うのは、生活用の暖炉とは別の器具です」


 ナナハルトは一つを手に取り、四人の前に掲げた。鉄の重さが掌にかかる。


「構造は同じです。聖遺物の欠片に、人間が回路を通じてエーテルを流し込み、出力を得る。ただし、暖炉が一定の低出力を長時間維持するのに対し、こちらは瞬間的に大きな出力を引き出すことを前提に設計されています」


 マティスの目が細くなった。剣を握り慣れた男の目が、新しい武器の形を読み取ろうとしている。


「出力の差がどれほどのものか、実感してもらいます。昨日使った暖炉と同じ要領で、掌からエーテルを流してください。ただし、絶対に力を入れすぎないこと」


 兵士たちが器具を手に取った。マティスが握りを掴み、分厚い指が回路の溝に沿って筐体を包む。ヴィルヘルムは慎重に両手で保持し、グスタフは片手で軽く握った。カールだけが、先端の聖遺物の欠片を覗き込んでから、恐る恐る掌を当てた。


「暖炉と同じ力加減で」


 器具が、同時に低い振動を発した。机の天板が微かに震え、鉄灯篭の炎が横に揺れた。暖炉のときには起きなかった現象だった。


 マティスの器具の先端が白く灼けた。眩い光の塊が聖遺物の欠片の表面に凝縮され、熱を伴わない強烈な振動が鉄の筐体を跳ねさせている。マティスの腕の筋が浮き上がり、歯を食いしばって器具を握り締めた。


「手を離して」


 ナナハルトの声が鋭くなった。マティスが指を開くと、器具が机の上に転がり、白熱した先端が木の表面に焦げ跡を残した。焼けた木の匂いが鼻を刺す。


 兵士たちの呼吸が荒くなっていた。ヴィルヘルムの額に汗が浮き、グスタフは握っていた手を膝の上で開いたり閉じたりしている。カールの器具だけが、微かな振動を保ったまま安定していた。


「暖炉と同じ力で流しても、回路の構造が違うためにこれだけの出力差が生まれます」


 ナナハルトは焦げ跡のついた机の表面を指先で撫でた。木の繊維が炭化して、ざらついた感触が指に残る。


「戦場でこの器具を使う場合、瞬間的にさらに大きな出力を引き出す場面がある。そのとき、回路への負荷は暖炉の比ではありません。少しでも流れを間違えれば回路が吹き飛び、手の骨が折れる。悪ければ腕ごと持っていかれる」


 マティスの喉が鳴った。剣で人を斬ることには慣れていても、自分の手の中で鉄が暴れる感触は別物だったのだろう。


「だからこそ、制御の手順を身体に叩き込みます。暴走させない。無駄に垂れ流さない。必要な分だけを、必要な瞬間に、正確に流す。それができなければ、この器具は自分を傷つける凶器にしかなりません」


 ナナハルトの声は平坦だった。教師の声だった。


 だが掌の中では、指先が微かに震えていた。暖炉の温もりを教えることと、この器具の殺傷力を最適化することの間に、本質的な違いはない。どちらもエーテルを消費する。どちらも地下の少女の命を削る。ただ、こちらの方がより直接的に、より大量に、より速く。


 エーテルの浪費を防ぐことが、エーテルの消費基盤を拡大させる。教室から市民が去り、兵士だけが残されたことで、その矛盾の輪郭がいっそう鮮明になった。


「もう一度。今度は力を半分に落として」


 兵士たちの手が、再び器具の表面に置かれた。机の天板が振動し、鉄灯篭の炎が揺れ、焦げた木の匂いが教室に薄く漂い続けていた。


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