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泥の中の石英

 十一人目までが不適合を刻み、十二人目の兵士が机の前に立った時、ナナハルトの目が止まった。


 ナナハルトと同じか、ひとつ下くらいの年齢の若い兵士だ。ぼさぼさの焦げ茶色の髪を後ろに縛り、頬骨が薄く張った細い顔をしている。革鎧のすそからのぞく手首は細く、日に焼けた肌に鍬の柄で潰れた豆の痕が厚く残っていた。入隊前は畑を耕していた手だった。


 ハルグリムが冊子をめくった。


「マティス。歩兵第三分隊」


 マティスと呼ばれた兵士は短く頷き、手袋を外した。節くれだった指が真鍮の側面に触れ、冷たさに一瞬だけ指先がすくんだ。


星よ、光を(ステラ・ルクス)


 声は小さかった。農村の少年が、意味も分からない異国の響きを唇に載せただけの、どこか申し訳なさそうな自信のない声。


 だが、その声に、真鍮の筐体の内側で淡い青白い光が揺れた。


 感応素子が反応し、灯火器の小さな窓から光が漏れている。微かだったが、確かだった。消灯した金属の筐体が、この兵士の掌の下でだけ呼吸を始めていた。エリュシオンの回路を流れる光と同じ青白さが、真冬の練兵場の空気をわずかに染めた。


 列の後方で、誰かが息を呑んだ音が聞こえた。

 マティスが手を離した。自分の掌を見つめている。何が起きたのかを理解しきれていない顔で、ハルグリムの方を見た。


「そのまま、そこで待っていてください」


 ハルグリムの声は変わらなかった。灯が点かなかった時と、まったく同じ音量、同じ抑揚だった。ただし、マティスを列に戻さなかった。ディートリヒのペンが帳面に別の印を刻み、ペン先がインク壺に一度沈んでから紙に戻った。新しい分類が始まったことを、その一手間だけが示していた。


 検査は続いた。マティスの後もしばらく灯は点かず、不適合の印だけが帳面に増えていった。やがて、再び灯火器が光った。今度は肩幅のある背の低い兵士だった。触れた瞬間に光が揺れ、ハルグリムが同じ声で「そのまま待て」と言い、ディートリヒが同じ印を記録した。


 兵士の検査が終わった時、ハルグリムが冊子を閉じた。


「三十二名中、適合二名。出現率およそ六パーセント。試算通りです」


 ハルグリムは不適合の兵士たちに向かって一度だけ頷いた。


「ご苦労。解散していい」


 三十名の足音が石畳に散っていった。残されたのは、マティスと、もう一人の背の低い兵士だけだった。


 練兵場の隅で、ハルグリムが二人の前に歩み寄った。


「今日からお前たちは、特務部隊の候補生だ」


 マティスの目が僅かに見開かれた。もう一人の兵士の口が半開きになっている。


「王国は新しい力を必要としている。お前たちにはその素養がある。これは選ばれた者だけが持つ力だ。お前たちの力で、この国を守れる」


 ハルグリムの声は穏やかだった。そして、嘘がなかった。この男の目にも、声の抑揚にも、指先の動きにも、マティスの前で揺らぐものが何一つなかった。その善意の透明さが、壁際に立つナナハルトの胃の底に、みぞれよりも冷たいものを流し込んでいた。


「詳しい内容は改めて伝達する。今日のことは、他言しないように」


 マティスが敬礼した。指が強張っていた。農家の三男坊の手が、英雄候補の敬礼を形作っている。だがその目には、戸惑いの奥にわずかな光が灯っていた。鍬の柄で潰れた掌をきつく握り直し、マティスの背筋がほんの少しだけ伸びた。


 ハルグリムが灯火器を手に取り、布に包んで懐に収めた。演算器に手を伸ばし、灯を入れる。次の計算に移っている。適性者の発掘は、この冬に彼が進めてきた軍の再編計画の一項目に過ぎなかった。


 ディートリヒが帳面の末尾にペンを走らせ、蓋を閉じた。


「午後は城下の住民検査です。広場への移動準備を」


 選ばれてしまった。兵士から二人。ナナハルトは拳をぎゅっと握った。

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