都市の信仰
天蓋の光がもっとも広く届く開けた空間が見えた。都市の中層、居住区と農業区のあいだ。その広場に人が集まっていた。上から見ると、壁際から中心へ向かって少しずつ密度が上がっていく人の流れが見えた。中心に何か建造物があるわけではなかった。祭壇も像もない。ただ人が集まり、上を向いていた。
チューブの壁面を走るエーテル回路の光脈が、少しだけ強く脈打った。
その瞬間、下方の群衆がうねった。腕が上がった。何十本も。何百本も。音圧がひとつ上がり、声の波がチューブの内壁を震わせた。
「母様」
その一語が、他のすべての声の中から浮き上がって聴こえた。
「母様が通られた」
地上の教会で聴いたことのある祈りの声に似ていた。だがあれよりも切実で、あれよりも深かった。信仰の形式ではなく、呼吸と同じ自然さでその名を口にしている。
ナナハルトはエリを見た。
少女は立ち止まっていなかった。視線は前方に向いたまま、下を見ていない。
「あんなにみんなが君を呼んでいるのに」
思わず口をついて出た。
「会いに行かないのか」
エリは足を止めなかった。だが首だけがわずかにこちらへ向いた。角の曲線が天蓋の光を拾い、黒い表面を一筋の青が走った。
「わたしは都市そのもの。ここにいれば、あそこにいるのと同じ」
それだけだった。
下方からまた声が上がった。母様、エリュシオン様、と繰り返す声。何千もの人間がそれぞれの場所からこの都市の名前を呼んでいる。その声の総体がチューブの壁を通じてナナハルトの鼓膜を震わせていた。
エリはその声の中を歩いていた。数千の声に包まれながら、誰の顔も見ていなかった。
ナナハルトには、その背中がひどく遠く見えた。
声が少しずつ遠ざかっていた。チューブが広場の上空を通過し、住民の集まる区域を離れつつあった。祈りの残響が壁の中で溶けていく。やがて声は都市の振動の中に吸い込まれ、聴こえなくなった。
数万の人間が「エリュシオン」と呼んでいた。だがその中に「エリ」と呼ぶ声は、一つもなかった。
チューブは無音のまま、次の区画へと進んでいた。




