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眼下の都市

 眼下の景色が、ゆっくりと角度を変えていた。


 都市を斜め下から見ていたのが、今は真下になりつつある。チューブが上昇しているのか、それとも水平方向に曲がっているのか、身体には重力の変化がほとんど感じられず、視界だけが少しずつ傾いていた。


 ナナハルトは床に顔を近づけた。透明な面に額が触れるほど顔を下げ、真下を覗き込む。


 いくつもの層に分かれた道が、縦と横に整った規則性で都市の底面を這っていた。

 その道を行き交うものたちの姿が、高さのせいで蟻のように小さく見える。それでもナナハルトには、道を歩く人々の動きが分かった。


 市場へ向かう足取り、重い荷を積んだ運搬車の緩慢な進行、通路の角で立ち止まって話す二人連れ。日常の、当たり前の、朝の動きだった。


 この都市に数万の命がある、とウーラが話していた。眼下の光景はその規模を初めて実感させた。一人ずつが動いている。群れではなく、それぞれが別の方向に、別の理由で、別の速さで動いている。


 ナナハルトは立ち上がり、左手の壁面に張り付いた。居住区の脇に、巨大な円形の機構が見えた。


 直径は一つの家屋に匹敵し、縁に沿って鍛造された歯の一本一本が人の胴ほどの太さを持っている。


「……でかい」


 中心から放射する軸が複数の副機構と連結し、全体が低くゆっくりとした回転を続けていた。回転するたびに壁面の光脈のリズムが変化し、その先にある水路の流速が上がるのが見えた。あの歯車が回ることで、水が流れている。


「心臓のひとつ。都市の血流を回すの」


 エリが短く言った。


 ナナハルトは今度は右側の壁に移った。居住区の下層を走る、幅の広い水脈が目に入った。内部を流れる液体は澄んでいるはずなのに、水路全体が青白く発光していた。


「あの水路、光ってる。水が光るのか?」


「ウーラの管轄区よ。都市の植物を育て、水を清浄に循環させるための水脈」


「それ、昨日見た農園か。上から見ると、あんなにでかいんだな」


 あの温かいスープも、凍えた身体を溶かしてくれた湯も、すべてここから流れてきている。都市の血管のように張り巡らされた水路の規模に、ナナハルトは小さく息を吐いた。


 ナナハルトの視線が足元に落ちた。踏んでいる床そのものが均一に薄く光を放っており、その光が外に漏れて、下を走る道を照らしている。


「この床も光ってる。光源がどこにもないのに」


「土に染み込んだ水と同じ。光が石に満ちて、あふれているだけよ」


 エリの言葉の意味は、半分しか分からなかった。だがこの床の光がどこかで意図的に作られたのではなく、長い時間をかけて勝手に光り出したのだという、その途方もなさだけは理解できた。


 チューブが緩やかに傾斜を上げていく。空気の密度が変わった気がした。耳の奥で圧力が微かにずれていく。

 足元の景色が遠ざかり、数万の生活が、少しずつ模型のように小さくなっていく。


 チューブの進行方向が水平に戻った時、音が変わった。


 下方から立ち上がってくる音だった。人の声だった。


 一人や二人ではない。何百、何千という声が重なり合い、チューブの透明な壁を通して耳に届いていた。一つ一つの声は聴き取れない。けれどその総体が作る波は、ある種の旋律に近かった。


 声に惹かれてナナハルトの意識は下方に向いた。

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