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風と足跡

 冬季訓練は、従士団に入って最初の大きな任務だった。


 雪原に風が走った。低く、鋭く、地面の凹凸を舐めるように吹き抜けた風は、積もったばかりの粉雪を巻き上げて白い霧を作り、それはナナハルトの視界を一瞬だけ覆ってから冬枯れの林の奥へと消えていった。風が去った後の空気は、肺の奥まで一息に凍らせるようで、吸い込むたびに気管が痙攣した。


 ヴィンターガルド従士団の全員が、王都から半日ほど北に入った山麓の森に展開していた。狩り場と呼ばれるその一帯は、生き物の気配が完全に消えていた。夏には鹿や野兎が群れをなす森だと聞いたが、今は雪と沈黙しかない。全員が完全武装していた。木剣ではなく実戦用の刃を帯び、弓には鏃が据えられている。狩りという名の、冬の実戦訓練だった。


 ナナハルトは林の縁にしゃがみ込んで、積雪の表面を見つめていた。


 昨晩のうちに降った新雪の上に、深く力強い窪みが続いている。二つの蹄の跡がはっきりと雪を割り、その周囲の雪が崩れていた。ナナハルトは手袋を外し、素手で窪みの底の土に触れた。凍土が削られた感触と、わずかに残る獣の体温の記憶。


 大猪だった。しかも二時間と経っていない。


「おい、何してる」


 背後から声がかかった。

 振り返ると、赤い髪のアデルベルトが革鎧の上に毛皮の外套を羽織った姿で近づいてきた。肩に鷹匠の革篭手を着け、片手に短槍を握っている。息が白い。


「足跡を読んでる」


「足跡?」


 アデルベルトが眉を寄せて雪面を見下ろした。ナナハルトの目には明確に見えている一列の窪みが、アデルベルトの視線には捉えられていないようだった。


「ここ。この深い削れ方は全部大猪の足跡だよ。二時間くらい前に通った。歩幅が広くて蹄が雪を蹴り上げているから、相当な巨体だ風下に向かって一直線だ。この先の岩場を寝床にしている」


 アデルベルトが口を半開きにしてナナハルトの顔と雪面を交互に見た。


「……お前、技師殿のくせにそんなことまでやんのか」


 技師殿。アデルベルトがナナハルトを呼ぶときの名前だった。初日に「得意なものは音楽です」と言った瞬間から、この赤毛の少年はナナハルトを「剣が持てない技師殿」として分類していた。


「冬場は獲物が少ないから、痕跡を辿れないと何日も空振りになる。父さんに叩き込まれた」


 ナナハルトは立ち上がり、風の方向を確認した。北東の風。微かにだが、湿った土と枯れ草が混じった匂いが運ばれてくる。岩場が近い。


「風下から回り込めば、巣穴を塞がずに追い出せると思う。反対側に追い立てれば、開けた場所に出る。そこで仕留められる」


 アデルベルトの目が、雪面とナナハルトの顔を交互に見た。唇が半開きのまま止まっている。鼻を鳴らすまでに、間があった。


「ふん。……やれるもんならやってみろ」


「行こう。僕が読むから、アデルベルトが追い込んでくれ」


「指図するな。俺が先に行く」


 結局、アデルベルトが先頭を走り、ナナハルトが風を読んで方角を指示する形に落ち着いた。

 アデルベルトの脚力は凄まじく、深い雪の中でも獣のような勢いで駆けた。

 だが方角を見失えば空回りする。


 ナナハルトが「左、もう少し北側」と声を飛ばすと、アデルベルトは一瞬だけ振り返り、「わかってる」と吐き捨てるように応じた。わかっていなかったが、従った。


 結果として、その日の午前中だけで大猪を一頭、大鹿を二頭仕留めた。

 アデルベルトが力任せに突っ込んだ場面では獲物に逃げられたが、ナナハルトの風読みと追い込みの罠が嵌まった場面ではことごとく成功した。ブランドの班が総出で昼までに仕留めたのが猪一頭だったことを思えば、少年二人の成果は従士団の中でも抜きん出ていた。


「お前と組むと、飯に困らねえな」


 アデルベルトが獲物を肩に担ぎながら言った。感心とも呆れともつかない声だった。赤い髪に粉雪が引っかかり、亜麻色の少年の方にも泥と雪が飛んでいた。


「……足跡読みは、使えるな」


 肩を並べて歩いた。

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