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死んだ機械

 王城の地下は、冬よりも冷たかった。石段を降りるたびに温度が落ちていく。


 地上の暖炉の熱がどこにも届かない石壁の奥底に、その空間はあった。

 壁面を伝う結露が薄い氷の膜を張り、松明の炎がそれを舐めるように揺れていた。吐く息が白い。足元の石には苔が生え、靴底が滑りそうになるのを踏ん張りながら、ナナハルトは最後の段を降りた。


 目の前に、巨大な金属の塊があった。天井に届くほどの高さ。幅は部屋の半分を占めている。太い管が何本も壁面に向かって枝分かれし、錆びた接合部から赤茶けた液体が染み出して床に水たまりを作っていた。管の表面には細かな文様が刻まれている。エリュシオンの地下で見た回路と同じ構造だと、ナナハルトにはすぐに分かった。


 だがその回路は、光っていなかった。

 エリュシオンの地下で見た同様の管は、青白い光の脈動で常に呼吸していた。だがここにある管はただの金属だった。沈黙していた。光もなく、熱もなかった。


「これが、動かないのか」


 ナナハルトが呟いた。


「それは七年前に停止してしまったんだよ」


 背後から答えたのはハルグリムだった。松明を持たず、装置の配管図面に目を落としていた。この冷たさの中でも、眉ひとつ動かしていない。


「先代の王の時代には稼働していたんだ。地下水脈から水を汲み上げ、王都の半分に清水を供給していた装置だね。我々は揚水機と呼んでいるよ」


「それがどうして止まったんですか」


「私は、回路が死んだと見ている」


 ハルグリムはそう言うと、静かに前に進み出た。彼ははめている黒い革手袋を右の手から外すと、剥き出しになった掌を、死んだ機械の冷たい管に押し当てた。

 一瞬、地下室の温度が変わった気がした。淡い青白い光が灯った。ハルグリムの銀髪に混じるメッシュが、呼吸するように明滅している。

 その光の色を、ナナハルトは知っていた。エリュシオンの地下で幾度となく見た、あの清浄なエーテルの光と同じだった。


「あなたも……」


 エリの声が蘇った。服に付着していた二種類のエーテル残滓。少なくとも二人以上の適応者がいると、彼女は言っていた。


 その一人が、目の前にいる。


「出力は足りているはずなのだがね」


 ハルグリムの掌から、青白い光が管へと直接流れ込んだ。

 巨大な金属の塊が、苦しげな軋み音を上げた。管の表面に刻まれた微細な文様が不規則に明滅し、接合部から赤茶けた錆水が噴き出す。凄まじい熱と赤い火花が散り、ハルグリムの横顔を照らしたが、機械は悲鳴を上げるだけで、深い地下から水を持ち上げる本来の脈動には至らなかった。


「……駄目か。圧倒的に効率が悪い」


 ハルグリムは短く息を吐き、管から手を離した。光の脈動が消え、機械は再び冷たい沈黙に戻った。強引な力技は、周囲に不快な熱と不規則な振動を残しただけだった。


「力はあるのだが、回路との同期が取れない。無理にエーテルを押し込んでも焼けるだけだよ。我々にはこれを活かす知恵がないのだ」


 手袋を嵌め直しながら、ハルグリムは自嘲気味に肩をすくめた。

 ナナハルトの隣で、エリが小さく動いた。

 フードの奥で、エリが装置全体を走査スキャンした。指先が管の接合部を示す。抑揚のない声で告げた。


「外殻は生きている。力は感知したけれど、周波数がまったく合っていない。無駄なノイズが多すぎる」


「厳しい評価だ」


「動力路の同期が失われているだけ。構造に致命的な損傷はない。正しい周波数を合わせれば、再起動できる」


 その言葉が地下の石壁に反響した瞬間、階段の上から声が降りてきた。


「本当か」


 ソスヴァルド王が降りてきた。王はこの日、剣帯を締めたままだった。暗い地下室に降り立ち、巨大な停止した装置と、その前に立つ小さな少女を見た。


「これが動けば、城下町の地下水路に清水が戻る。この冬、凍った井戸しか使えない地区が三つある。子どもが雪を溶かして飲んでいるんだ」


 ソスヴァルド王の声が低く震えた。飾りのない、切り詰められた言葉だった。ナナハルトの胸が締め付けられた。凍った井戸。雪を溶かして飲む子ども。リーゼルの顔が脳裏をよぎった。


「ナナハルト」


 王が名前を呼んだ。


「あれが動けば、この冬、雪を溶かさなくて済む子どもがいる。……お前は、どうする」


 王はナナハルトを見ていた。


「僕が、ですか」


「エリュシオン殿の診断では、『周波数』を合わせれば良いとのことだ。……正直、理屈は分からんが。それは、君の力でどうにかなるものなのか?」


 ナナハルトはエリを見た。エリは小さく頷いた。


「この装置の動力路はエリュシオンの末端回路と同じ構造。あなたの音で同期を復元できる。わたしが周波数を指示するわ」


「周波数……つまり、この機械の音を合わせればいいんだな」


 ナナハルトは背中の荷物に手を伸ばした。

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