ざわざわするじゃん
「見ーつけた」
ふいに声が背後から来た。
納屋の扉の隙間から、リーゼルが半身を覗かせていた。篝火の光を背に受けて、髪の輪郭が橙色に縁取られていた。頬が赤い。走ってきたのか、酒気を帯びた大人たちの輪にいたのか、あるいはその両方だった。
「やっぱりここにいた。お母ちゃんが探してたよ、兄ちゃん」
「今行く」
「嘘。兄ちゃんいっつもそう言って来ない」
リーゼルはそう言いながら、納屋の中に滑り込んできた。ナナハルトの手元の楽器を見て、目を丸くした。
「何それ。カリンバじゃないじゃん」
「新しく作った」
「すごい大きいね。……いい音した?」
元になった四弦変奏器はこれよりも遥かに大きいが、リーゼルは知る由もない。ただ、カリンバよりはずっと大きい。
「まだ途中だ。完成してない」
リーゼルはふうん、と言って、楽器には興味を示さなかった。代わりに、エリの方を見た。
リーゼルがエリの隣まで来た。壁に背を預け、エリと同じ方向を向いた。ナナハルトが楽器を布で包み直しているのを、二人で眺める格好になった。
「ねえ、エリ」
リーゼルの声は、広場の喧騒から離れた納屋の中で、妙にはっきり聞こえた。
「兄ちゃんのこと、好きになった?」
ナナハルトの手が止まった。布を巻きかけた楽器が、膝の上で傾いた。
「リーゼル」
「何よ」
外から、酔った大人たちの合唱が風に乗って届いた。
「唐突すぎる」
「唐突じゃないよ。二回目だし」
エリは答えなかった。
リーゼルがエリの顔を覗き込んだ。エリは真っ直ぐ前を見たままだった。
「パラメータの話はしたわ」
「ぱらめぇたぁ? とかよくわかんないものじゃなくって」
リーゼルが自分の胸の真ん中を、てのひらで押さえた。
「ここが、ざわざわするじゃん」
エリはリーゼルの手を見て、答える代わりに左手を持ち上げ、自分の胸に当てた。胸の真ん中。心臓のある位置。
リーゼルはそれを見て、、少しだけ笑った。十歳の子どもが自分だけの秘密を見つけた時の、あの笑い方だった。
「やっぱりね」
それだけ言って、リーゼルは納屋を出て行った。広場の方からリーゼルの名前を呼ぶ友人たちの声が聞こえ、それに応える甲高い返事が遠ざかっていった。納屋の中に、二人が残された。
エリの手は、まだ胸の上にあった。
ナナハルトはそれを見て、何か言おうとして、やめた。代わりに楽器の布をもう一度解き、弦に指を置いた。
音が鳴った。
―
広場に戻ると、祭は佳境に入っていた。
篝火の炎が最も高く上がる時間帯だった。薪が追加され、火の粉が夜空に向かって巻き上がり、星の手前で消えた。酒が回った大人たちの声は大きくなり、楽器の音は速くなり、広場の中央では数組の男女が腕を組んで踊っていた。
篝火から少し離れた場所では、父親が膝に幼い女の子を乗せて焼きりんごを小さく切って食べさせている。女の子の指が蜂蜜で光っていた。父親はその指を自分の袖で拭き、女の子がまた汚し、また拭いた。
剣帯だけを腰に残した兵士が女性と踊っていた。剣帯が踊るたびに揺れ、女性が笑いながら「邪魔」と言って押しのけていた。
酒を飲みすぎた兵士が仲間に肩を支えられていた。「明日の巡回どうすんだよ」と笑われ、「明日は明日だ」と呂律の怪しい声で返していた。
エリがその光景を、広場の端から見ていた。横顔は動かなかった。篝火の明滅だけが、その目の表面を流れていた。
ナナハルトは静かに歩み寄り、隣に立った。
篝火が爆ぜ、火の粉が夜空に昇る。どこかで子どもが転んで泣き、すぐに誰かに抱き上げられ、泣き止んだ。夜風が焚き火の煙を運び、二人の間を通り過ぎた。
火の粉が、星の手前で消えた。




