見せたいもの
広場の喧騒から少し離れた場所に、納屋があった。
ゲルダの家の裏手にある、農具と薪を保管するための小さな建物だった。普段は南京錠がかかっている。だが今夜は祭の準備で何度も出入りがあったらしく、錠前が外れたままになっていた。
ナナハルトがエリの袖を引いた。
「ちょっと来てほしい。見せたいものがあるんだ」
納屋の扉を開けると、干し草と木の匂いがした。薄暗い室内の奥に、布で包まれた大きな塊が壁に立てかけてあった。ナナハルトがそれを慎重に持ち上げ、布を解いた。
ナナハルトがいつも持ち運ぶカリンバよりも大きな楽器だった。四本の弦が、木と金属で組まれた胴体の上に張られている。
胴体の両側面に真鍮のパイプが三本ずつ取り付けられ、弦の振動を拾って増幅するための共鳴管になっていた。
全体の大きさは、ナナハルトが両腕で抱えてちょうど収まる程度。背面にはリュックのように背負うための革紐が備え付けてあった。
「小型四弦変奏器。小型版のヴィェランだよ。四弦変奏器をさ、真似してみたんだ」
大人の半身ほどもある重厚な擦弦楽器――四弦変奏器は、地下都市独自の楽器だった。ナナハルトが地下都市の広場で合奏をした楽器。
「途中まではクレーナの工房で作った」
ナナハルトが楽器を膝の上に抱え、弦の張りを指で確かめながら言った。
「パイプの構造と、弦の材質はあっちの素材だ。胴体の木と、留め具の革は地上で調達した。真鍮の純度が足りないから、本物のヴィェランみたいには鳴らない」
本物のヴィェランは弓で奏でる楽器だった。床に立てて、深く長い弓のストロークで弦を擦り、その振動をパイプで空間全体に響かせる。だがナナハルトのそれには弓がなかった。
「弓だと片手が塞がる。背負って歩くには向かない」
ナナハルトは右手の親指と人差し指で、一番太い弦を弾いた。
弦が震え、その振動が胴体の木を伝い、側面の真鍮パイプの中で反響し、管の開口部から押し出されるように空気を揺らした。一人の人間が、指一本で弾いただけの音が、パイプの増幅によって納屋の壁を満たした。
楽器そのものが未成熟だった。弦と管がまだ馴染んでいない。弦が鳴らした音が管を通る間にどこかで引っかかり、少しだけ濁る。本来のヴィェランが持つ、空間を切り裂くような鋭い音は生まれない。
不揃いな倍音が混じり合い、角が取れた柔らかい振動が空気に溶けていく。弓ではなく素手で弦に触れているからこそ生まれる、指先の皮膚と金属弦の摩擦が作り出す微かな雑音。それが音色に人間の体温のようなものを混ぜていた。
ナナハルトが弾き始めた。
右手の親指と人差し指が弦を弾き、左手が弦を押さえて音程を変える。カリンバ奏者の指捌きが、そのまま弦楽器に持ち込まれていた。指の爪が弦に引っかかるたび、小さな金属音が旋律の間に混じった。それでもその不完全ささえもが、この演奏に心地よさを与えている。
エリは演奏が終わるまで静かに聞いていた。
「この音は」
納屋の干し草の匂いの中に、溶けるような音量で、エリはつぶやいた。
「うん」
「残したいわ。わたしの記憶の表層に」
ナナハルトは微笑むと、もう一度弾き始めた。
今度は少し大きな音だった。弦を弾く指に力がこもり、パイプが震え、納屋の壁板がかすかに共振した。不完全な音が、二人しかいない空間を満たした。




