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村の暮らし

  翌朝。エリはナナハルトの実家の窓際に立って、中庭を眺めていた。


 フードは外していた。飾りを纏った布が頭上に帯のように巻かれ、青い花が角の位置を綺麗に覆っている。中庭から差し込む光の中で、エリは微動だにせず立っていた。


 家の中に、音があった。


 チクタク、チクタク、と。一つではない。三つ、四つ、おそらくそれ以上の振動源が、この家の壁の向こう側で動いている。だが不快ではなかった。同じ間隔を刻んでいるものから違うものまで、不揃いな拍子が重なり合って、ひとつの複雑な環境音を作り出していた。

 都市のエーテル回路が生む均一な脈動とは、根本から構造が違う。


 エリはその音の出どころを、昨夜のうちに特定していた。居間の隣にある小さな部屋だ。ナナハルトが「母さんの仕事場」と呼んだ空間。壁に掛けられた古い時計が六つ。作業台の上に分解された歯車と、細いゼンマイの束が並んでいる。機械油の匂いが、壁板の木目に染みついていた。


 有限な時間を計測する装置。


 エリュシオンには存在しない機械だった。都市には昼夜の概念があるが、それはシステムが擬似空の照度を変調させているだけで、時間そのものを機械で「刻む」という発想がない。都市は永遠に稼働することを前提に設計されており、残り時間を数える必要がなかったからだ。


 この家の壁には、残り時間を数える道具が六つもかかっている。


 裏口の扉が勢いよく開いた。


「おはよう! エリって言うんでしょ? 兄ちゃんから聞いた!」


 リーゼルだった。膝まで伸びた三つ編みに、朝露を踏んできたのか靴底が小さく湿っている。廊下からではなく裏庭から直接入ってきた勢いが、声の中にまだ残っていた。


 エリは窓から振り返った。


 リーゼルと、ナナハルトはどことなく似ている。暗めの亜麻色の、髪。ナナハルトとの違いは髪の長さ。瞳は、緑がかった灰色の、少し曇り空に似た色の瞳。骨格の傾き、瞬きのリズム、眉の動き。それらがよく似ていた。

 同じ系列に分類するデータ。


「ナナハルトの、妹」


 エリは言った。確認ではなかった。記録だった。


「そう! リーゼルって言います。ええと、お嬢様って呼んだ方がいい?」


「エリで構わないわ。わたしはお嬢様ではないから」


 リーゼルは少しの間、エリを観察した。遠巻きではなく、まじまじと。年下の女の子が好奇心と礼儀のあいだで揺れている顔だった。


「……なんか、兄ちゃんと雰囲気が違う」


「違うわ。ナナハルトは人間で、わたしは――」


「静かだなって思って。音がしないから」


 エリは答えなかった。音。足音のことだろう。エリは歩行時の荷重分散を自動で最適化するため、通常の人間のように床板を踏む音は出ない。リーゼルがそれを静かさとして認識したのは、感覚が正確だということだった。


 リーゼルは怖がっていなかった。


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