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命綱としてのワンピース

 三日が過ぎた。


 ナナハルトが地上から運び込んだのは、王都の衣商で手に入れた一揃いの服だった。


 ソスヴァルドから下された多額の金貨を惜しみなく投じ、機能性と見栄えを兼ね備えた品を選んだつもりだった。黒いフリルのついたブラウスと深い緑色のワンピース、それに頭まで覆える厚手のケープ。上質な羊毛の匂いがまだ新しかった。


 それをクレーナとウーラが解体した。


 ナナハルトは工房の隅に座って、その作業を眺めていた。クレーナの工房は精密機械の匂いがする場所で、真鍮と潤滑油と、微かにオゾンの混じった空気が満ちている。壁面に掛けられた無数の工具が、天蓋の光を受けて鈍い光沢を返していた。


 クレーナは地上の服を縫い目の一本に至るまで分解し、各パーツの寸法と力の走る方向を計測した。作業中は一言も喋らなかった。ときおり梟の姿に切り替わり、指の代わりに嘴で繊維を一本ずつ確認する。人間の触覚と梟の視覚を交互に使い分けながら、地上の服の文法を読み解いていった。


 ウーラは横で刺繍をしていた。工房の椅子に身体を巻きつけ、針を動かしている。刺繍の糸は普通の糸ではなかった。極細のエーテル伝導繊維を、見た目には普通の色糸に見えるよう加工したものだった。ウーラの指が糸を通すたびに、繊維が微かに青白く明滅する。


「ここにね、循環経路を縫い込むの。血管みたいにね。体温を保つための」


 ウーラがナナハルトに説明する声は、料理の作り方を教えるときと同じ温度だった。穏やかで、少しだけ楽しそうで。


「エリュシオンの身体は常にコアからエーテルを受けて動いているの。都市の外に出ると、その供給が途絶えてしまうでしょう? だからこの服が代わりをするの。エーテルを蓄えて、少しずつ身体に供給し続ける。お弁当みたいなものね」


「お弁当」


「そう。お出かけのときの、お弁当。食べ終わったら帰ってこなきゃいけないのよ」


 ウーラは微笑んでいた。だがナナハルトは、その微笑みの下にある意味を聴き逃さなかった。お弁当がなくなったら帰る。つまり、蓄えたエーテルが尽きたら、エリは動けなくなる。


 クレーナが作業台の上に、分解した部品と新しいパーツを並べた。地上の布の外殻と、エリュシオン製のエーテル伝導素材の内殻。二つの世界の技術が、一着の服の中で重ねられていく。


「聞け、小僧」


 クレーナが初めて口を開いた。ナナハルトは背筋を伸ばした。


「これから言うことを正確に覚えろ。お前がマトリクス・トラゴスに同行するなら、お前が知っていなければならないことだ」


 クレーナの黄色い瞳が、工具越しにナナハルトを見据えた。


「この服が蓄えていられるエーテルは、都市のコアの出力の数パーセントに過ぎない。地上での活動期間は消費量によるが、この服一着で保てるのは長くても半年だ。過度にエーテルを使えば、もっと短くなる」


「使い切ったらどうなるんですか」


「マトリクス・トラゴス……エリュシオンが停止する」


 停止。


 ナナハルトの喉が詰まった。


「止まる。眠るんじゃない。機能が停止するんだ。エリュシオンの機能から完全に断ち切られた状態で、コアの出力を受け取れなくなったら、この子の身体は動作を停止する」


 クレーナの声は説明の声だった。だがナナハルトは、工具を握るクレーナの指が白くなるほど力が込められているのを見た。一つの歪みがエリの命に直結する。その精密な接合の前で、クレーナの口は閉ざされたままだった。


「服が大きく破損した場合も同じだ。回路が断線すれば、エーテルが保持できなくなる。だから」


 クレーナの手が止まった。


「破るな。濡らすな。燃やすな。刃を通すな。この服は防寒着じゃない。命綱だ。――そして、地上の本格的な冬が来て、扉が雪と氷に閉ざされる前には必ず連れ帰れ」


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