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四柱の会議

 四柱が集まったのは、中枢管理区画の一角だった。


 天蓋からの光が一段と白く影を消すその場所に、エリュシオンの神経を司る四柱――第一柱のクイル、第二柱のルカ、第三柱のウーラ、第四柱のクレーナの姿があった。

 管理者が集まるとき、この空間は都市の神経が束になったような密度の振動を発する。壁際の暗がりで待機するナナハルトの足裏にも、床を通じてそれは届いていた。


 ナナハルトは部屋の隅に立っていた。呼ばれたわけではない。だがエリが「いなさい」と言ったので、壁際で腕を組んで立っている。カリンバには触れなかった。


 円卓の中央に立ったエリの山羊角が天蓋の白い光を受けて滑らかに光っている。

 エリは四柱を順に見た。視線はゆっくりだったが、その間、空間の振動だけがわずかに張り詰めていった。


「告げるわ。エリュシオンは、地上を直接観測する」


 声には層が二つあった。少女の声と、都市のシステムアナウンスに似た管楽器の響き。マトリクスとしての宣言だった。


 最初に動いたのはルカだった。

 壁際の暗がりから影が弾けた。天井を横切った身体が、エリの三歩手前で着地する。音はなかった。ただ空気だけが、鋭く裂けて鳴った。


「却下」


 ルカは短く一言で切り捨てた。


「地上は危険域だろ。有害個体の密度がどうなってるかも分かってない。加えてマトリクス・トラゴスを外に出したら、こっちが守る対象を二つ抱えることになる。都市と、あんたと。その分だけ、僕の負荷が上がる」


 ルカの視線がナナハルトに走った。一瞬で戻ったが、その一瞬にこもった殺気は隠しようがなかった。こいつのせいだ、と瞳が言っていた。


「義務の話じゃないだろ。こっちは警戒態勢を組む必要があるんだよ」


「ルカ・コード・リンクス。あなたの防衛管轄は、エリュシオンの物理境界内。外部観測は防衛の管轄外よ」


 ルカの耳がぴくりと立った。権限の線引きを突かれた。だが引き下がらない。


「管轄外でも、あんたが外に出たら僕の仕事が増えるのは事実だろ。外にいるあんたを守る手段が、僕にはない」


「だから行くの。外部環境を観測して、防衛コストの正確な算定基盤を作るために。あなたの仕事を楽にするために行くのよ、ルカ」


 反論しかけた口が閉じられ、犬歯が唇の内側を噛んでいる。


「……僕は反対だからな。記録しといて、クイル」


 ルカが壁際に戻りかけたとき、円卓の向かい側でクイルが動いた。

 長身の影が光の中に一歩踏み出す。クイルは、円卓の制御面に映し出されたデータを読んでいた。


「記録しました。コード・リンクスの反対意見は、ログに残ります」


 クイルの視線がルカからエリに移る。


「私からは一つ、補足を。ルカの懸念は妥当ですが、別の観点があります」


 観測器の明滅が速くなった。膨大なログが、クイルの左目の裏で高速に走査されている。


「過去七十二時間で都市のエラー率は一・七〇三パーセント上昇しています。このまま外部からの干渉が可視化されないまま推移した場合、十四日以内にクレーナの手動修復の閾値を超える確率が六十パーセントを超えます。管理者の直接観測による外部干渉経路の特定は、長期的な防衛コストを低減させる合理的行動です」


 数字をもって語る声だった。気のせいかもしれないが、その数字の並べ方にナナハルトは微かな違和感を覚えた。クイルは『防衛コストの低減』という言葉を使った。それはルカの領分の言葉だ。


「……お前がデータで殴ってくるの、好きじゃないんだけど」


「事実を提示しているだけです」


「それが殴ってるって言ってるんだよ」


 ルカの喉の奥から、低い唸りが漏れた。クイルは表情を変えなかった。ただ正確に、ルカの反応をログに記録している。

 クイルの視線がエリに戻った。


「エリュシオン。私はあなたの判断を支持します。記録の観点からも、外部環境のデータ収集は極めて有意義です。都市の現状を正確に記録するために、外部の変数を可視化する必要がある」


 言葉の響きが重なってよく分からなかったが、クイルの声の奥底に、ナナハルトは何か別のものが混ざっているのを感じた。


 ウーラが口を開いた。白い蛇の下半身が椅子から滑り降りるように前に出る。


「エリュシオン。行くのね」


 声は柔らかかった。問いかけの形をしていたが、答えを求めてはいなかった。


「行くわ」


「そう。なら、服をこしらえないとね。地上は寒いのでしょう、ナナハルト君?」


 急に名前を呼ばれて、ナナハルトは壁際で背筋を伸ばした。


「え、あ、はい。今の時期はまだ雪が残ってます。山は特に」


「まあ。この子に雪は冷たすぎるわ」


 ウーラの声に心配の色が滲んだ。白い手がエリの黒い外套の肩に触れた。指先が生地の質感を確かめるように撫でる。


「この服では足りないわね。地上の気温に耐えられる素材で、でもエーテルの循環を妨げない構造で……クレーナ」


 名前が呼ばれた。だが応答はなかった。


 円卓の向こう側で、クレーナはとうの昔にエリの服の裾を掴んでいた。


 声を発さず、問いかけもせず、ただ外套の裾の縫い目を指で挟んで、生地の厚みと織り方と、エーテル伝導繊維の密度を触覚で読み取っていた。クレーナの指先だけが別の生き物のように正確に動いていた。


「……足りない」


 それだけだった。

 クレーナが顔を上げた。丸い黄色の瞳が、首を回さずにナナハルトを捉える。梟の眼だ。


「小僧。地上の服を持ってこい。一番いいやつを」


「え?」


「型を取る。地上の人間の服の構造が要る。外から見て違和感のない意匠で、内側にエリュシオンの生体維持回路を組み込む。二重構造。外側は地上の布。内側は私の仕事」


 ウーラが微笑んだ。


「あら。引き受けてくれるのね」


「引き受けるも何も。この服のままじゃ地上に出した瞬間に凍る。服は命だ。命の問題に議論は要らない」


 クレーナの声は低く、素っ気なかった。だがナナハルトの耳は、その声の中に金属を叩く槌の音に似た確かさを聴いた。

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