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王との対面

 翌朝、ナナハルトは村を出た。

 村から王都までは馬車で一日半の距離だ。


 ナナハルトは馬車を持っていない。村の広場で朝から待ち、王都へ向かう行商人の荷台の隅に乗せてもらった。報酬は国庫への献上によって支払われる。探索者が見つけた聖遺物を王に献上し、その価値に応じた賞金を受け取る。父もそうしていた。父の採掘メモには、献上の手順と、王城の衛兵の名前まで書いてあった。


 荷台で揺られながら、ナナハルトは背負い鞄の中の献上品として選んだ金属片を一つ取り出して眺めた。掌に収まるほどの薄い板で、表面に髪の毛よりも細い線が幾何学的な模様を描いている。地上の技術では到底作れない精度だった。


 これが何に使われていたのか、ナナハルトには分からなかった。エリは回路の調整弁の一部と言っていたが、末端の予備品が余っているため問題はないとのことだった。


 金属片の表面が、陽の光を受けて微かに青く光った。


 エーテルの残光だった。



 ノルデンシュテルンの王都に到着した。

 王都は村の十倍の規模があったが、エリュシオンの百分の一にも及ばない。


 石造りの壁は厚いのは、ナナハルトの村より立派ではあったが、エリュシオンと比べてしまうと窓は小さく、通りは狭い。

 北方の冬を凌ぐために設計された街だ。凍った泥を馬車の車輪が砕く音が絶えず響き、すれ違う人間の吐く息だけが、通りに白く残っていた。


 ナナハルトは王城の門前に立った。

 父の採掘メモに書かれていた衛兵の名前を告げると、門番はナナハルトの顔と背負い鞄を交互に見て、帳簿を確認し、通してくれた。父の代から続く探索者の登録が、まだ生きていた。


 城の内部は外よりもさらに冷えた。石の壁が冷気を蓄えている。松明が等間隔に灯されていたが、その光は揺れて不安定で、壁に踊る影が廊下を狭く見せていた。

 地下の光を知った目には、その不規則さが際立った。ここの松明は風が吹くたびに明滅している。


 謁見の間の扉が開いた。


 そこは天井の高い広い部屋だった。二つの窓から冬の白い光が斜めに差し込み、石の床に長い四角形を描いている。玉座は部屋の奥にあったが、そこには誰も座っていなかった。


 代わりに、窓の傍に人が立っていた。逆光の中に、金色の髪が燃えるように光る。


 男が振り返った。碧眼の若い容貌は二十代半ばに見えた。その髪には、青いメッシュが混じっている。その青は、どこか見覚えのある色だった。エーテル回路の青白い光に、少しだけ似ている気がした。


「来たか。ナナハルト・アスターだな」


 名前を呼ばれた。深く響く声。少年は驚いて頭を下げた。


「は、はい。探索者登録の……」


「私はソスヴァルド。ヴィンターガルドの王だ」


 王が自ら名乗った。玉座に座らず、探索者の少年に向かって名を告げた。探索者ごときに王が直接会うのは異例だということは、ナナハルトにも分かった。


「今日は、何を持ってきてくれた」


 ナナハルトは背負い鞄を開き、金属片を一つずつ献上机の上に並べた。回路の断片である断面の光る金属、歯の揃い方が地上のものよりも精密な歯車、そして最後に、あの幾何学模様の薄い板。


 ソスヴァルド王が近づいてきた。


 一つ一つを手に取り、光に透かし、重さを確かめ、指で表面を撫でる。その仕草にはナナハルトがクレーナの工房で見た職人の目と、戦場で敵の武装を見積もる指揮官の目が同居しているように見えた。


「素晴らしいな」


 ソスヴァルド王が幾何学模様の板を持ち上げると、板の表面が青く光った。


「精度が違う。これまでの聖遺物とは格が違うぞ、少年」


 声は穏やかだった。少年に語りかけるような親しみのある口調。


「……どこで見つけた」


 好奇心と期待が混ざった声が続く。ナナハルトは答えた。


「山脈の北東の遺跡です。父の採掘メモに記されていた場所より、ずっと奥に進んだところに」


 嘘ではなかった。省略しているだけだ。地下に都市があることと、もっと近くに出入り口があった事は言わなかった。言ってはいけないとエリに止められたわけではないが、言葉にする前に何かが喉で止まった。あの都市のことを、この寒い石の部屋で口にするのが、なぜか正しくない気がした。


 ソスヴァルド王は板をかざしたまま、ナナハルトを見た。


「北東か。先代が見つけられなかったものを見つけたか。お前は父を超えたな」


 探索者の息子として、それ以上の褒め言葉はなかった。が、実際に探索したというよりは、分けてもらった末端であったので、手放しに喜べる事でもない。それでも、王の言葉の優しさには胸が熱くなった。


「ナナハルト」


 王が少年の名前を再び呼んだ。


「この品は通常の報酬の三倍で買い取ろう。ただし条件がある」


「条件、ですか」


「また行ける道を覚えているなら、もう一度行ってきてほしい。同じ場所に、まだ何かがあるはずだ」


 ソスヴァルド王が笑った。太陽のような笑み。国を背負う者の、民を照らすための笑顔。


「この国には力が要る。冬はどんどん厳しくなる。民は飢え始めている。お前が持ってきたこの小さな光が、多くの人間を救うかもしれない」


 ナナハルトは頷いた。


「行けます。道は覚えています」


 道は覚えていた。それに、エリにはまた行くと言った。


 ソスヴァルド王が板を机に戻した。

 青い光が消えた。石の部屋に松明の不規則な光だけが残り、王の金髪のメッシュの青が、一瞬だけエーテルの残光と重なった。


 ナナハルトは頭を下げて、謁見の間を出た。


 懐には、通常の三倍の報酬が入っていた。それは母と妹が冬を越すのに十分な額であり、父が一年かけて稼いでいた額を一度の探索で超えていた。


 城の門を出ると、北風が顔を叩いた。


 ナナハルトは歩きながら、腰のカリンバに手を触れる。鍵がかちゃりと鳴った。あの合奏を思い出した。また弾きたい。次はもう少し、深いところで重なれるはずだ。


 エリのオルガンの音は、完璧で隙間のない音だった。

 そこに割り込んだ自分の不格好な一音。都市の壁が暖色に変わった瞬間。そして、エリがこぼした微かな笑み。


 全部が、良かった。


 報酬の重さと、再会の約束が、同じ方向を向いていた。家族を養うことと、あの少女の元に通うことが、矛盾なく両立している。これ以上の幸運があるだろうか。

 ナナハルトはそう思って笑い、白い息を吐きながら馬車乗り場に向かって歩いた。


 懐の金貨が足取りに合わせて揺れた。

これにて第一部完結です。お付き合いいただきありがとうございました!


第一部では理想郷の美しさを描いてきましたが、第二部からは地上へ舞台が移ります。


地上に出るエリ。

ナナハルトとエリが歩む地上の暮らし。

ついに動き出すソスヴァルド王。

ナナハルトの出世の物語も開始されます。


第二部『太陽を知る少女』編、ご期待ください!

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