工房に戻る
演奏が終わったのは、擬似空の光が橙に変わり始めた頃だった。
工房に戻った。
カリンバを腰の鞄に納め、扉を開けると、クレーナはまだ同じ姿勢で作業台に向かっていた。時間が止まっているようだった。
「戻ったか」
「戻った」
「見てきたか」
「見てきた。弾いた」
クレーナの動きが一瞬止まった。止まって、また始まった。
「ヴィェランは合わせるのが難しい」
「最初だけ。あとは何となく分かった」
「何となく、は嘘だ」
誤魔化しを許さない声音だった。工具を下ろしたクレーナの指先が、作業台の上で音もなく止まっていた。待っているような気配だった。
少し考えた。
「正確には、分かるまで数えた。五を底にした四だと分かってからは合わせられた」
クレーナが振り返った。今日初めてだった。
羽根のような白い前髪の下から、ルビー色の瞳がじっとナナハルトを見た。計測しているような視線だった。
「それを耳で数えたのか」
「そうだが、何か問題があるか」
沈黙があった。
「……問題はない」
またクレーナが前を向いた。
「明日も来い。続きがある」
それが答えのすべてだった。
―
工房の扉を出ると、擬似空が橙から暗い赤に移っていた。
ルカはいつの間にかいなくなっていた。エリは工房の外の路に立ち、ナナハルトが出てくるのを待っていた。
「良い観測結果は得られたかしら」
声のトーンはいつもと同じように平坦だったが、彼女の纏う空気が、静かな水面に一滴だけ波紋が落ちたような、わずかな微軌道を描いているように感じられた。
考えてから、「楽しかった」と答えた。
「また来てもいいか」
「止める理由はないわ」
エリはそう言って、来た道と同じ方向に歩き始めた。コバルトの布が擬似空の残光を受けて、ほんの少し、藍色に光った。
その後ろを歩きながら、頭の中でヴィェランのリズムを数えていた。
五を底にした四。
そして、指先に残る回路の余韻。あの余分な振動を削ぎ落とした時の、軽くなった脈の感触。
覚えておくことにした。




