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街の演奏会

 工房の仕事が一区切りついた時間帯に、外から音が入ってきた。


 弦の音がする。


 複数の弦が重なって、地上では聴いたことのない音律を作っていた。四段に重なる音のうち、一番底の弦が持続音を保ったまま、上の三つが旋律を分担していた。均等な分担ではなく、最上段の弦が一番速く動き、中段がそれに追随し、底から二番目がたまに長い尾を引く。


 ナナハルトは手を止めた。


「何だ、あれ」


四弦変奏器ヴィェラン


 クレーナが答えた。答えながらも手は動いていた。


「街の楽師が使う。今日は広場で演奏があるはずだ」


「広場か」


「工具は置いていっていい。あと最低でも三日はかかるが」


 用意していたような答えだった。試されたのか、配慮されたのか判断がつかなかった。ナナハルトはクレーナを見たが、クレーナはまだ手元を向いていた。


 外の音が少し大きくなった。二曲目に入ったらしく、速度が上がっている。装飾音が多くなった。


 気がつけば、腰の鞄からカリンバを取り出していた。


 広場は工房からそう離れていなかった。

 街路を少し進むと、石畳が広くなる場所があって、そこに十数人の演奏者が円形に並んでいた。客は見ていなかった。演奏者同士が向き合い、それぞれの楽器と対話していた。


 ヴィェランは見た目にも特徴的な重厚な楽器だった。

 弦が四列、弓は一本だが弦の間を縦に滑らせることで複数の弦に同時に触れる。大人の半身ほどもある造りで、床に立てて両脚で包み込むように構え、深く長いストロークで弓を操っていた。


 楽器の横には、パイプが並んでいた。

 高さの違う金属管が横一列に並んで、演奏者の手の動きに合わせて風圧で震える。管の直径が太いものは低い音、細いものは高い音。管の継ぎ目にエーテル回路が走っており、風圧に加えて回路の振動も音に干渉しているようだった。地上でどこかで聴いたパイプオルガンに似ているが、それより音の艶に密度があった。


 ナナハルトはカリンバを持ったまま、音の輪郭を聴いていた。


 四拍のリズムだ。四拍のうち一拍目と三拍目に主張があり、二拍目と四拍目は軽い、いわゆる裏打ちが効いた構造。ただし拍の基準が地上のものと微妙に違った。一拍を等分したものが地上では二つか三つの単位になるところ、この音楽は五つに分割していた。


 五拍子か。いや、違う。基準が五だが模様は四。


 ナナハルトの親指がカリンバの鍵の上で動いた。音は出さなかった。ただ数えた。一、二、三、四、五。一、二、三、四、五。五的な四拍子。あるいは四拍子に見えて実は五の集合。


 円の外縁に立っていた演奏者の一人が、こちらを見た。


 手に持っているカリンバに、視線が止まった。


 その視線を受けて、カリンバを少し上げて見せた。演奏者の口元が動いた。何か言ったが聴こえなかった。だが誘っているようだった。


 円の外縁まで進んだ。それで自分が円の一部になった。


 カリンバの最初の音を出したのは、演奏の切れ目で、ヴィェランが一度弓を離した瞬間だった。低い単音を一つ。次の一拍を数えて、同じ音を二つ。


 ヴィェランが戻ってきた時に、カリンバの旋律はすでにリズムに乗っていた。


 演奏が一巡した。二巡目に入ると、近くにいた演奏者の一人がヴィェランの当て方を変えた。これまでの旋律ではなく、カリンバの出す音の間隙を埋めようとする動きだった。


 受けた。


 返した。


 受けた。


 返した。


 地上の港で、見知らぬ船乗りと手拍子を合わせた時の感触に似ていたが、もっと複雑で、速かった。相手の次の手がどこに来るか予測しながら自分の手を先に開いておく、というような遊びが音楽でできた。


 三巡目に入ると、外縁に立っていた数人が少し円の内側に向け、パイプが速度を上げた。


 隣で誰かの足が踏み鳴らした。拍とは少しずれた場所だったが、それが全体の誤差を補正するように音楽の組織を変えた。


 ナナハルトの指が速くなった。


 弦の上を親指が走った。そして不意に、左手の親指の付け根でカリンバの側面を叩いた。

 港町の酒場で船乗りたちがテーブルを壁代わりに叩いて拍を取っていた、あの粗削なリズムだった。

 木箱の筐体が短い打撃音を放ち、弦の旋律の合間に鼓動が割り込んだ。


 近くのヴィェラン弾きが一瞬弓を止めた。何が鳴ったのかを探すように、ナナハルトの手元を見た。


 もう一度叩いた。今度は意図的に、拍の骨組を示すように。五つ数えて一つ叩く。

 五つ数えて一つ叩く。弦の旋律がその鼓動の上を滑っていく。

 地上的な音律と、ここ地下固有の音律が、カリンバという素朴な媒体の上で同時に鳴っていた。


 パイプ弾きの一人が笑った。笑いながら、自分の管の縁を指で叩き返した。カリンバの箱鳴りに応えたのだ。打楽器の対話が旋律の下にもう一層、音楽の土台を作った。


 それを聴いたナナハルトは、自分の唇の両端も動いているのに気づいた。





 エリは、少し離れた場所に立っていた。

 石畳の端、建物の影が始まるあたりに、動かずに立っていた。


 演奏を聴いていた。

 正確に言えば、演奏者たちを見ていた。


 システムが持つ平常の観測と、今行われているそれは、何かが違った。その違いを定義するのに時間がかかった。


 住民たちを観測する時、エリが扱うのは情報の集合体だった。区全体の人口、出生率、消費エネルギー、移動パターン。

 個々の動きはすべてデータとしての重みを持ち、集合していずれかの傾向を作る。

 その傾向に対してシステムが最適な応答を返す。それが通常の観測だった。


 エリがこれほどまでに『個』を観察するのは珍しい。


 全員が別々の方向を向いていた。演奏者の誰も、広場の住民というカテゴリに収まっていなかった。

 真剣な顔で弓を操る者がいた。笑いながら足を踏む者がいた。目を閉じて音だけに集中している者がいた。

 輪の外側で腕を組んで聴いている者がいた。ナナハルトの持つ素朴な楽器に驚きの表情を向けた者がいた。


 同じ音楽に引き寄せられながら、全員が違う反応をしている。引力は同じで、落ち方が全員違う。

 同じ音楽を聴いているのに、一人として同じ顔をしていなかった。


 その中でナナハルトが笑っていた。誰かに指示された笑いではなかった。


 カリンバを持って、見知らぬ人間たちの音楽の中に入って、笑いながら鍵を叩いていた。

 地上から落ちてきた少年が、地下の人間の音楽に溶け込んでいた。


 システムアナウンスが管理データを処理し続ける間も、エリはその光景を、見ていた。

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