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第八話 沈黙

僕は「どうして?」と返答するが「内緒」という二文字で返される。その後の返答に非常に困った。内緒と言われたあとの返答は、どうすればいいのだろうか。なんて言えば、正解になるのだろう。これ以上、踏み込んではいけないものなのだろうか。でも、話を切り替えて別のことを言うのも違う。僕は、どうしていいのかわからなくなった。


早く大人になりたいと思う僕にとっては、明日は早く来て欲しい。明日が来れば、日は進む。それを何千日ほど繰り返せば、立派な大人になることができる。ただ、僕にとっての大人は現実から逃げたいだけの言い訳に過ぎない。でも逃げ続けていると、それが癖になってしまう。それは、自分でもわかっていた。逃げ続けることで、困難な問題や新しいことへの挑戦を遮られてしまう。成長の機会を逃し、将来への不安が増大して悪循環に陥りやすい。それがわかっているのに、僕はなにもできない。僕は、弱い人間なんだ。しばらく黙って固まっている僕を見た、城野が再び声をけてきた。


「川沿くんは、夏休みどうするの?」

「買いたい本は買えたし、明日から勉強と読書かな」

「どこか出かけたりしないの?」

「ん〜、いまのところは」

「つまらない夏休みだね〜」

「……。ちなみに、城野さんはどこか行くの?」

「ん〜、行かないかな笑」

「それだと、僕と変わらないじゃん」


先ほどの沈黙が嘘のように、夏休みのことで城野と盛り上がった。一般的に夏休みの過ごし方といえば、勉強や部活動、バイト、友人と外出、家族と旅行などだろうか。夏の主な行事といえば、花火大会、夏祭り、盆踊り、七夕などが挙げられる。


また、海水浴やプールなどの水遊びを定番だろう。話しているうちに夏といえば、なに?という連想ゲームが始まった。夏といえば、花火大会、夏祭り、海水浴などと交互に回答をして、次第に答えが少なくなると、浴衣や風鈴、金魚、スイカ、かき氷などの安易な回答をしていく。もちろん連想ゲームが長く続くはずがなく、気がつくとゲームは途中で終了した。「私たち、全然答えられないじゃん笑」と言いながら城野が笑う。僕は「そんなもんだよ」と誤魔化しながら微笑んだ。



友達がいたら、こうやって笑い合えるのだろうか。そんなことを、ふと思ってしまった。他愛もない会話をして、楽しく過ごすことが幸せなのだろう。こうやって、城野と話していると元気が出る気がする。今まで、こんなに笑ったことがあっただろうか。こんなに、たくさん話したことがあっただろうか。やっぱり、城野が幽霊やイマジナリーフレンドでは嫌だ。この世の人間であって欲しい。不安でいっぱいだったが、僕はこのタイミングで城野に真実を聞いてみることにした。


「あのさ……」

「なに?」


僕は、聞いておいて言葉に詰まった。考え込むように目の前を流れる川に視線を移す。つられて城野も川の方に視線を向けたが、すぐに僕の方に視線を戻した。視線を城野の方に戻すと、穏やかな表情の城野と目が合う。でも、僕は言いかけた言葉を口に出すことは出来なかった。喉元まで出かけた言葉が、食道に戻り胃の底まで落ちていったのだ。踏み込もうとした僕の言葉は、胃の中で胃液によって溶かされていくようだった。途中まで出かけたのに、城野の顔を確認した途端に止まってしまった。


今日は言うと覚悟を決めたのに、こうなってしまうのが情けない。僕は目線を逸らし、目の前の川を眺めた。そんな僕を見た城野は、困惑したような目つきでこちらを見つめる。続きが気になるようで、「なに?」「どうしたの?」と言葉を連呼した。


僕は川の方を見ながら「えっと……」と言い、誤魔化す。僕が気になっていることを聞いたら、城野はどんな反応をするのだろうか。もしも、聞いてはいけないことだったら。僕は、嫌われてしまうだろうか。僕の前から、いなくなったりするのだろうか。いろんなことが脳内によぎった。


城野は僕が言いかけたことが、やっぱり気になるようだった。体を僕の方に向けて、服を掴み前後に揺らす。服が揺れることで、僕自身は左右に激しく揺れた。僕を揺らしながら、「なにを言おうとしたの、気になるじゃん」とこびるような甘い声で僕が発言するのを促す。数分後、僕は黙っているのを断念して、重い口を開いた。


「あのさ……。城野さんって幽霊とかだったりする?」

「……。どういうこと?笑」

「ごめん、城野さんが四組にいないことは知っているんだ」

「……」


城野は、愕然とした面持ちだった。僕の言葉に、びっくりしたのか数秒間動かず止まったまま。その後、突如としてプッと吹き出し、少し声を立てて笑い出した。なにかを思い出したのだろうか。張り詰めていた空気が、一気に変わる。僕は、どういうことなのかわからず、呆然と城野を見つめるしかなかった。


なぜ、愕然とした面持ちだったのか。なぜ、突如として笑い出したのか。なにがなんだかわからない。少しだけ、城野に聞いてしまったことを後悔した。城野は笑い終えると、僕の顔を見て少し微笑んだ。そして、その流れで僕の質問に答える。


「あはは。そっか、バレちゃったか」

「……」

「ごめんね、嘘ついてて。そりゃ、バレるよね」

「どういうことなの」

「川沿くんには、本当のこと話さなきゃだよね。まず幽霊じゃないよ笑」

「ごめん、幽霊とか言って。僕の勘違いだった」

「私のこと、幽霊だと思ってたの?笑」

「いや、まぁ少しだけ」

「実は、入院しているんだ。そのせいで、学校には行けてないの」

「入院……? どこか悪いの?」

「まぁ、いろいろとね」

「そうなんだ……。けど、そんな状態なのにここにいて平気なの?」

「うーん。たぶんね笑」

「たぶんって……」


城野は、学校にいなかった理由を話してくれた。明るく話す城野の裏側に、なにか深刻な背景が見えるように感じた。それに、僕が想像していた理由とは全く異なるものだった。


入院するほど、どこか悪いのだろうか。歩いて外に出ているため、大きな怪我ではないだろう。でも、学校に行けないほどの理由とはなんだろう。身体に重い病気でもあるのだろうか。それとも、精神的な病気なのだろうか。元気がなさそうな日もあったが、普段の城野を見る限りはいつも元気そうにしている。


「幽霊って触れることができないよね?」

「多分、そうだと思うけど」

「ちょっと、手を出して」

僕は、とっさに手を差し出す。城野はなにも言わず、僕の目を見ながら手を合わした。お互いの手が重なり、パチンという音が響く。

「これで信じてもらえた?」

「そうだね。けど、本気で思ってたわけじゃないからね?」

「幽霊と思われてたって、なんか悲しいな〜」

「それは、ごめんって」

「冗談だよ。私が嘘ついてたのが悪いし」

「……。ごめん、僕も嘘をついてた」

「えっ、そうなの?」

「友達がいないのは知っていると思うけど……。過去には、いたって言うのが正解かな」


僕は、過去のことを包み隠さず話した。過去に友達がいたこと、裏切られたこと、その後友達を作るのが怖くなったことなど。他人に、この話をする機会が訪れるなんて想像もしていなかった。一生、抱え込んだまま大人になるものだと。城野は、僕の話を真剣な顔で聞いてくれていた。途中で、なにかを言うわけでもなく、最後までちゃんと聞いてくれた。


「つまらない話を長々とごめんね」

「謝ることじゃないよ。大変だったんだね」

「その事件以降、友達を作るのが怖くなってたんだ」

「私だって現実から逃げ出したいよ。けど、それじゃダメだよ」

「……」

「心の中で、この世の男子全員がいつか裏切ると思っているんでしょ?」

「まぁ、そうかも……」

「もしかしたら、一部そういう考えの人がいるかもしれないけど、全員がそうじゃないと思うんだよね。このまま、なにもせず高校を卒業して、大学に行って、その後就職して働いていく。それもいいと思うけど、今の状況のままだと大学行っても、就職しても一人ぼっちになると思わない?」

「確かに、そうだね。いつまでも、臆病になってられないとは思ってる」

「もちろん、友達がいることのデメリットもあると思うよ。けど、メリットも大きいし、人との繋がりは財産になると思うよ。違う考え方を知ることができるから、自分の成長にも繋がると思うよ」

「城野さんは、僕が知らないことをたくさん知っているね」

「川沿くんのほうが、色々知ってるでしょ。ちなみに、私でよければ手助けするよ」

「手助け? 一体、どんな手助けをするの?」

「手助けといっても、私ができることは限られているけどね笑 もちろん、私が教えられることは全力で教えるよ」

「ちなみに、城野さんも友達がいないんだよね?」

「なに? バカにしてるの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

「ここにはいないけど、東京にはいました〜」

「そうだったね。ごめんごめん」

「その代わり、一つだけお願いがあるんだけど……」

「それは、僕ができること……?」

「今の状況になってから、やりたいことを考えるようになったんだ」

「やりたいこと?」

「実は、今日持ってきてあるんだ。見せてあげる」


城野はバッグから一冊のノートを取り出し、僕に見せてきた。リサイクル素材で作ったような、ごく普通の茶色のノート。このノートがなんなのか聞くと、城野はノートのページをめくり説明してくれた。

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