表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/30

第七話 夏休み

夏休み初日、僕は駅前の大型複合施設にいた。目の前に広がるのは、近代的な美術館のような大きな建物。市松模様をモチーフに、越後杉で構成された外壁が目をひく。どうやら日本を代表する有名な建築家が手がけたらしく、あらゆる世代の人が出会い、交流が生まれ、絆が深まる憩いの場をテーマに造られたという。

また、プロバスケチームのアリーナや市役所が一体となった非常に大きな複合施設であり、市民協働の拠点ともなっている。


木の温もりにあふれた自由空間で、一階にはコンビニやカフェ、アリーナ、シアター、議場などがあり、二階から四階は市役所や市民交流ホール、多目的室などがある。中に入ると、中心部には天気を気にせず利用できる巨大空間が広がる。ナカドマと呼ばれる屋根付き広場で、多くの人で賑わっていた。開放感のあるナカドマの中央に設置された巨大モニターには、アリーナからの中継が放送されている。


近くでは、キッチンカーが何台かずらりと並んでおり、おにぎりやオムライス、タコスが売られていた。時刻は一三時、休日ということもあり施設には大勢の人たちがどんどん出入りしている。また、今日から夏休みという学生は多い。この辺りの高校生や小中学生たちが、たくさんいる印象だった。


さらに今日はプロバスケチームの試合日のため、チームのユニフォームを着ている人たちをたくさん見かける。他にも首にタオル巻いていたり、ブレスレットなどの応援グッズを身にまとったりと、さまざまな人たちが応援をしにアリーナに向かっていた。


今日の目的は、施設内にある書店だった。自宅近くに書店がないため、ここまで来る必要があった。人混みをするすると抜け、書店を探す。けれど、探しても探しても書店は見当たらない。エスカレーターを上がったり、下がったりを繰り返す。おかしいと思い、一階にあるフロア案内サインを凝視する。僕は、この施設に書店がないことに気が付いた。どうやら、行く予定の施設を間違えていたようだ。


来る場所を勘違いしていた僕は大型複合施設を後にして、本来行く予定だった商業施設に向かった。結局、大型複合施設の滞在時間は三◯分ほど。せっかくなら、もう少し見ておけば良かったと後悔しながらゆっくりと歩く。


じりじりと、真夏の日差しが僕に襲いかかる。また、焼けたコンクリートから放射する熱気が足もとから頭のてっぺんまで上昇してくる。早く、エアコンが効いた涼しい空間に駆け込みたい。僕に襲いかかる真夏の日差しを無視して、歩くスピードを徐々に上げていく。


炎天下の中、一五分ほど移動すると、書店が入っている商業施設に着いた。中に入ると、ひんやりとした冷気が熱のこもった身体を洗い流してくれる。全身の汗が、一気に引いてゆくのを感じた。商業施設の方も人が多く、夏休み中の学生や家族などで賑わっている。エスカレーターに乗り、二階へ上がると書店はすぐ目の前にあった。


施設内は話し声や歩く音などが響いていたのに、書店はとても静かだった。話している人はいなく、歩く音もほとんど聞こえない。書店にいる人は気を遣いながら移動して、静かに本を選んだり読んでいたりしている。店内には、BGMもなかった。本を取り出したり、戻す音だけが耳にそっと入ってくる。


僕は音を立てないように歩き、ようやく探していた本を見つけた。本を手に取り、表紙を確認してからレジに向かい会計を済ます。その後、施設内をしばらく歩いてみた。おしゃれな服屋や雑貨店も多く、同じ年くらいの学生たちで賑わっている。おしゃれな店に縁がない僕は、軽く店内の様子を見ながら通り過ぎる。


しばらく施設内を歩いていると、飲食店エリアが見えてくる。昼食をとらず複合施設まで来たため、さまざまな飲食店を見るとお腹がぐぅと鳴りはじめる。周辺をぐるぐると見て回り、一人で入れそうな飲食店を探した。


その中でも、ひときわ目立つ飲食店が目に入った。海外のハンバーガーチェーン店だろうか。人気店なのか、すごく繁盛していた。店の前には一◯人ほどの列ができており、近くまで行くと香ばしい匂いが鼻にすっと入ってくる。


店の中は外まで聞こえるほど騒がしく、入るのに少し抵抗があった。これは、一人で入るのは困難だ。僕はハンバーガー店を諦めて、他のお店を探した。歩いている途中で見かけたのは、ラーメン店だった。そういえば、以前クラスメイトが駅前のラーメン店の話をしていたのを思い出した。気がつくと、僕はすっかりラーメンの気分になり、迷うことなく入店した。


店内は一人で食事をしている人が多く、家族連れや友達同士の団体客はいなかった。券売機に一◯◯◯円札を入れて、ラーメンのボタンを押す。空いていたカウンター席に座り、ラーメンを待った。

下町のラーメン店とは違い、新しい複合施設ということもあり店内はすごく綺麗だった。お店で一番人気のメニューである、長岡生姜醤油ラーメンを注文した。


ゲンコツを使った出汁に、醤油ダレと生姜をしっかりと利かせたスープは絶品だった。コクがありながらも、スッキリとした後味で完食後の口の中はラーメンを食べた後とは思えないほどだった。食事後は、少し施設内を散策する。特に用があるわけじゃないが、せっかくだから色々見ておこうと思った。


施設内のカフェでは、仲良く会話をする女子たちが目立つ。雑貨店では、言葉を交わしながら家具を見る家族など。どこも入りづらさ満点の場所だらけ。僕は遠目でお店の様子を見ながら、施設内を歩いた。映画館やゲームセンターなどもあったが、一人で入るのは少し勇気がいる。もしかしたら、クラスメイトがいるかもしれないし。しばらく歩いてみたが、他に入店するお店はなさそうだ。


複合施設を出る頃には、夕方の気配が街にそっと近づいてきていた。かすかにオレンジが混じった空は、明るく光りはじめた。この時間まで一人でこの施設にいたと思うと、身体中に衝撃が走る。


僕は、少し都会的な銀色の電車を見ながら、自宅までの道のりをゆっくりと歩いた。複合施設から自宅に帰るまでの道のりは、通学路と似ている。川沿いを歩いていると、途中でいつも寄るベンチが見えてくる。

せっかく、本を買ったのだからついでに読んでいこうと考えた。、けれど土日や祝日にベンチに寄ったことがないため、もしかしたら人がいるかもしれない。


僕は、恐る恐るベンチへと近づいていく。ベンチに着く頃には、空に夕闇が広がっていた。和風の街路灯は白い光を放ち、ベンチを照らしている。照らしているのは、ベンチだけではなかった。ベンチにいたのは、城野だった。


まるで、城野を初めて見た日と同じような感覚だった。たまに吹く川風が、城野の肌を心地よく撫でているように感じる。今日の城野は、少し違う。制服ではなく、私服姿でベンチに座っていた。遠目で見る限りは、白いワンピースに足元はサンダルを履いている。


漫画に出てきそうな、可愛らしい女の子の格好だ。制服のときとは違い、すごく新鮮だった。でも、城野を見ると昨日のことを思い出す。いろいろ聞きたいところだが、会うのが怖い。それに、なにから聞けばいいのかわからない。


一体、城野は何者なんだろうか。もしかして幽霊? 僕は、一昨日まで幽霊と話していたのだろうか。でも、今まで幽霊なんて見たことがない。急に、見れるようになるものなのだろうか。僕は霊感がないため、幽霊と遭遇する機会なんてなかった。また幽霊の存在を示す科学的証拠はこの世にないため、昔から幽霊を信じたことはない。幽霊じゃないとしたら、もう一つ考えられるのはイマジナリーフレンドだろうか。本人にしか見えない空想上の友達で、心理学や精神医学における現象の一つ。イマジナリーフレンドは主に三歳から七歳に多く見られ、一◯歳頃になると自然に消えていく。僕の年で現れるのは、現実的ではないかもしれない。スマホで「イマジナリーフレンド」と検索すると、一◯歳以降にも発現したという報告が多く見られたと書いてある論文もあった。


もしかすると、僕が友達という執念から城野を生み出してしまっているのだろうか。城野が幽霊やイマジナリーフレンドだった場合、周りの人から見たら僕がベンチで一人ペラペラと話してる状況に見えていたのかもしれない。なんだか、すごく変な気分だ。僕は、その場で立ちすくんで考えてしまっていた。


気がつくと、三◯分が経過している。けれど、このままこの場にいてもなにも変わらない。とりあえず、城野が何者なのか確認する必要がある。僕は、勇気を出して一歩前に踏み出した。段々と城野の姿が近くなっていく。不安による緊張で身を震わしながら歩いていると、「おーい」と前のほうから声が聞こえた。僕と目が合った城野は、少し微笑んでから手を振る。いつも通りに、振る舞うべきなのだろか。僕の心情が顔に出てしまわないように、いつも通り挨拶をしてベンチに座った。


「土日に、ここに来るなんて珍しいね?」

「そうだね。城野さんは、土日も来てたの?」

「たまにね」

「そうなんだ。私服、珍しいね」

「どう? 似合ってる?」


城野はベンチから立ち上がり、僕の目の前でくるっと一周する。ひらりと、白いワンピースの裾と長い黒髪が揺らめく。近くで見ると、白いワンピースには百合の花がプリントされていた。足元は、三、四センチほどのヒールがあるレザーサンダル。


ワンピースは、波のように綺麗に揺れている。また、プリントされている百合の花も踊るように揺れていた。僕は、そのしなやかな動きに釘付けになっていた。可憐に揺れ動く光景に、ただ見入ってしまっていたのだ。まるで、小さな舞台会場だった。観客席から舞台上の演者を見ているような感覚。街路灯の白い光が、城野を輝かせる。その場で一周回り終えると、自然と拍手をしてしまっていた。拍手している僕を見た、城野は少し照れたような表情をしていた。


「拍手するほどじゃないでしょ笑」

「いや、でもすごく似合っていたから」

「ありがとう。川沿くんの私服も似合っているよ」

「それは、どうも。城野さんは、今日なにしてたの?」

「私は、その辺ぶらぶらしてただけ。川沿くんは?」

「複合施設に行ったり、商業施設に行ったり。もう、人が多くて大変だったよ」

「あぁ、知ってる! おしゃれな外観のところだよね?」

「そうそう。行ったことあるの?」

「お母さんと市役所に行ったときかな。バスケットボールの試合も見れるんでしょ?」

「そう。カフェやキッチンかーもあったよ」

「へぇ。写真とか撮ってないの?」

「撮ってないよ。ていうか、写真を撮るって発想がなかった」

「今度、撮ってきてよ。おしゃれな外観を見たいし」

「わかった。けど、城野さんが直接行った方が感動するんじゃない?」

「ん〜。行けるか、わからないから」

「そっか。そういえば、城野さんってスマホ見ないよね?」

「スマホ? 昔は使ってたんだけど、もうスマホは使ってないの」

「スマホを使わない高校生なんて、初めて見たかも」

「今時ありえないよね?笑 けど、もうスマホは見たくないんだ」


城野は、寂然として顔を曇らせる。「スマホは見たくない」という言葉の真意はわからないが、過去に嫌な思いをしたのだろう。城野の目は、悲しみの色が浮き上がっていた。ぎこちない沈黙がしばらく続き、なんともいえない空気が流れる。少しだけ気まずい雰囲気が、僕たちにのしかかっているように感じた。


沈黙を埋めるために、とりあえず「あのさ……」と小さく声をかけた。なにを話すかは、決めていない。いや、今こそ城野が何者なのか聞くべきだ。なぜ、四組にいると言ったのか。そもそも、本当に学校にいるのか。城野は、この世の者なのか。聞くことがたくさんある。横を見ると、城野は正面を向いたままだった。僕の声が、聞こえていなかったのだろうか。もう一度、声をかけようとしたときに城野が口を開いた。


「いつも思うんだ。明日が来なければいいのにって」

「え?」


城野は、物悲しげに微笑んだ。無理やり作った笑顔だと、僕でもわかった。城野の発言には、なにか理由があるんだと察する。明確な理由はわからないが、表情を見る限り喜ばしい理由ではないだろう。僕は返答に困ったが、数秒あけてから城野に理由を聞いてみた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ