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第五話 遭遇

自宅に戻ると、椅子の背もたれにもたれかかる。僕はふぅと一息つき、天井を見上げた。城野には、変な姿を見せてしまったな。気を遣わせてしまったり、変な別れ方をしたりしたことを後悔した。その日の夜、夢を見た。誰かに、裏切られる夢だった。けれど、相手が誰かわからない。真っ黒のシルエットで誰なのかわからなかった。


こういう夢は、中学一年生以来だ。相馬に裏切られた日と翌日に同じような夢を見たことがある。昨日、相馬のことを思い出したせいだろうか。ゆっくりと目を開けると、真っ白の天井が見えた。椅子に座ったまま、寝てしまっていた。


この夢は、なんだったのだろう。僕は、なにかに怯えているのだろうか。すでに、外は明るくなっていた。カーテンの隙間から差し込む、太陽の光が僕の顔を照らす。机の上に置きっぱなしのスマホを確認すると、家を出る三◯分前だった。僕はカーテンを開けて、日光を浴びる。少し寝ぼけた状態で、クローゼットにある制服を手に取った。制服に着替えながら、頭の中に張りつている夢の残骸を取り除く。


通学路に入ってから、昨夜見た夢を調べた。裏切られる夢は、裏切られる不安や人間不信、裏切り者が存在するという警戒心などの象徴とのこと。知らない人に裏切られるのは、知人や恋人などに裏切られるのではないかと不安になっていたり、周囲の人が信用できずに人間不信に陥っていることを暗示しているらしい。


まぁ、確かに相馬との事件以降、周囲の人が信用できなくなっているのはあると思う。そのせいで、友達を作るのが怖いというのも確かだ。城野は、どうなのだろうか。いつか、僕を裏切るのだろうか。いや、そんなことを考えるのはやめよう。学校が見えてくると、城野が四組にいるということを思い出した。


また、昼休みに四組に行ってみようかな。城野が学校で、どんな風に過ごしているのか気になるし。学校に到着すると、少し騒がしい教室に入る。担任の先生が来るまでの時間、他の生徒は友達同士は会話をしていることが多い。担任の先生が教室に入ると、盛り上がっていた会話はすぐに終了する。その後、午前の授業を終えてから、あることを思い出す。


急いで家を出てしまったため、お弁当をバッグに入れ忘れてしまっていた。バッグから財布を取り出し、財布の中身を確認する。意外にも、千円札と五百円玉が残っていた。僕は残り少ないお小遣いを持って、売店に向かった。売店に向かう際は、五組の奥の階段を降りなければいけない。そのため、二組から五組の前を通る必要がある。丁度良いし、売店に向かう途中で四組を確認してみようと思った。城野がいるかもしれないし、どう過ごしているか見ることができる。


僕は二組と三組を通り過ぎ、四組の前で止まった。昨日と同じように少し離れた距離に立ち、ガラスになっている扉の上部から教室内を確認する。数秒間、教室内を確認するが城野の姿は見当たらない。もしかして、お弁当を買いに行っているのだろうか。これ以上見ていると、他の生徒から怪しまれる可能性があるため、城野の姿がないのを確認すると四組をあとにした。売店は、多くの生徒で溢れかえっている。一年生から三年生までの生徒がパンやお弁当を物色していた。


生徒以外にも、先生たちがお弁当を見ている。念の為、城野がいないか確認したいが、人が多くて全くわからない。気がつくと、僕は流されるように先頭に辿り着いていた。お目当てのお弁当を手に取り、売店のおばちゃんに五百円玉を渡す。結局、人が多すぎて売店に城野がいるかどうかはわらなかった。階段を上がり、五組の前まで戻ってきた。自分の教室に戻る際に、もう一度だけ四組を見てみることにした。


でも、結果は同じで城野の姿はなかった。僕は城野がいないことを確認してから、四組をあとにしようとしたときだった。「川沿?」と固い声で呼ばれた。後ろから聞こえた声に、体が少し引っ張られる。やっぱり、怪しまれたのだろうか。さすがに、何回も同じ人が教室の前で見ていたら、怪しむ生徒もいるかもしれない。でも、扉の前で見ていたわけじゃない。少し距離をとり、見ていたはずなのに。いま声をかけてきた生徒は、たまたま近くにいたのだろうか。


いや、ちょっと待て。「川沿?」って、僕を呼んだ気がする。僕の名前を知っている人なんて、ほとんどいないはず。もしかして、中学時代のクラスメイトとか。僕は、恐る恐る後ろを振り向いた。目の前にいたのは、相馬だった。中学時代、僕を犯人扱いした昔の知り合いだ。爽やかな見た目は、中学時代から変わっていない。僕は驚きのあまり、動くことができなくなっていた。


「久しぶりだな。高校も一緒だったなんて知らなかったよ」

「そうだね。じゃ……僕はもう戻るよ」

「昨日も来てただろ?」

「えっ、いや……」

「誰か探しているか? 呼んでこようか?」

「いや、大丈夫……。じゃ、また」


僕は、逃げるようにこの場から立ち去った。相馬に、来ていたことがバレていた。やっぱり、連日四組を見ていたから怪しまれたんだ。不安な気持ちが一気に広がった。他の生徒にもバレていなきゃいいけど。もしバレていたら「変な人が見ているよ」って噂が広まるかもしれない。四組内で噂が広まれば、城野にも伝わる可能性がある。僕は不安を抱きながら、急いで教室に戻った。食事中は不安との戦いもあったが、それ以上に相馬のことが頭から離れなかった。


同じ高校にいるなんて知らなかった。それに城野と同じクラスだったなんて。色々最悪だ。なんで今更、声をかけてきたんだろう。また、なにか企んでいるのだろうか。相馬の顔を見てから、いろんなことが再びフラッシュバックする。お弁当を食べていても味がしない。嬉しいはずの昼休みを嫌なかたちで迎え、嫌なかたちで終えた。


授業が終わると、文芸部の部室に向かった。昨日、ちゃんと読めなかった『話し方で人生が変わる』本の続きを読む。正直、内容は昔読んだ本と似ていた。楽しい人生は、上手な会話から始まる。会話は、キャッチボール。半分以上は聞くことが大切になるなど。話す聞くのバランスがとれていて、話題が噛み合っていれば話は停滞しない。また、そのときの状況に対応して会話ができれば完璧など。けれど、読んでいても集中できない。昨日のような雑音はないが、昼休みの出来事が頭から離れない。


しばらく部室で本を読んでいたが、学校にいても集中できなかった。僕は学校をあとにして、川沿いのベンチに向かった。下校時の空は、赤っぽくなっていた。赤く染まった夕焼け雲が無限に広がっている。バラ色に塗りつぶされたような空を見ながら、ベンチまでの道のりを歩いた。二◯分後、ベンチに到着するが城野の姿はなかった。


夕方は日中との気温差があまりないため、まだ蒸し暑く感じる。もう少し時間が経てば、少し涼しくなっていくだろう。向かう途中の自動販売機で購入した、缶コーラの蓋を開けて豪快に飲む。今日は、ずっと考え事をしていたせいか体が水分を欲していたようだ。冷たいコーラが、乾いた喉を潤してくれる。


七月の夜は、まだ過ごしやすい気温だが八月はガラッと変わるかもしれない。八月だと夜の気温も高くなるし、湿度も高い。そうなると、このベンチで過ごすのも難しくなるのだろうか。城野と会う機会が減ってしまうかもしれない。僕としては、日課として続けていることを途中で辞めたくない気持ちがある。でも僕が八月もこのベンチに来続けたとしても、城野が来ない可能性があるだろう。わざわざ、蒸し暑い夜に外に出て、汗をかきながら会話をするのは嫌だろうし。


夜も暑くなるだろうし、冷房が効いた室内で過ごすほうが快適なのは間違いない。いろいろと考えだすと、止まらなくなる。一度、考えるのをやめて、『野良犬トビーの愛すべき転生』の小説を取り出し、続きを読むことにした。読んでいると、次第に空の色は薄暗くなり、街路灯は暗さに反応して点灯する。僕とベンチだけが、白い光の照明に照らされている。


小説を読み続けて、三◯分ほどが経ったが城野の姿が見えない。いつもなら、このくらいの時間に奥の方から足音が聞こえてきたり、後ろから驚かしたりするのに。一時間ほど小説を読みながら、ベンチで待っていたが城野は現れなかった。今日は、どうしたのだろうか。少し心配になったが、会う約束をしているわけじゃない。城野に聞きたいことがあっけど、来れないならしょうがない。


いま思うと、城野がベンチに来なかったのは出会ってから初めてだ。普通に考えたら、城野と出会ってから毎日会っていた方がおかしいのかもしれないが。今日は会えなかったが、明日会えたときに聞くとしよう。僕は小説を閉じて、ベンチをあとにした。

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