第四話 過去
翌日、寝心地の悪さで目を覚ました。室内は、すごく蒸し暑い。就寝前に、タイマー設定したエアコンが切れてたようだ。蒸し暑い部屋で身支度をして、一階のリビングで食事を済ませる。外に出ると、とても静かな朝だった。今日は近所でおばさんたちが話している姿はなく、子どもたちが騒ぎながら走っている姿も見えない。誰もいない路地をひたすら歩き、学校へと進んでいく。
路地を抜けると、途中から通学路に入る。学校に近づくにつれて、登校中の生徒が増えはじめた。いつの間にか、周りには友達と話しながら登校している生徒が多くなっている。一人で歩く僕の前後には、友達と話しながら登校する生徒で溢れていた。もう慣れっこだが、時々寂しく思うときもある。毎日、目の前で仲良く話している生徒を見ればそうなるのもおかしくない。
午前の授業が終わると、昼休みに入った。仲の良い生徒たちは、お互いの机をくっつけはじめる。友達同士で、お昼ご飯を食べるのだろう。そんな僕はというと、自分の机で一人でご飯を食べる。教室で食べる気分ではないときは、屋上や中庭に行ったりして食事をするときもある。屋上や中庭は基本的に誰もいないし、青空の下でピクニックをしている気分になる。
でも、一人で食べてても楽しくはない。食事というは、誰かと食べるから美味しいし、楽しいものだ。別に学校でいじめを受けているわけじゃないが、僕はクラスでいるかいないかわからない空気のような存在だ。いま思うと、とても淋しい人間だと実感する。城野も、僕と同じように一人で食事をしているのだろうか。考え出すと、すごく気になってくる。
僕は食事を早めに済ませて、同じ学年のクラスが並ぶ廊下に行ってみることにした。ただ教室を出るときに、とても重要なことを思い出す。まず、城野が何組にいるのかわからない。いま思うと、なぜお互いが何組にいるのかを話さなかったのだろうか。同じ学年というだけで話が進み、クラスのことなんかすっかり忘れてしまっていた。
後日、何組か聞いてから行動するのでも良いんじゃないかと考えたが、今日は早めに食事を済ませてしまい時間が空いている。とりあえず、行動してみようと思った。いなかったら、またその時考えればいい。僕は、普通科のクラスを見て回ることにした。そもそも、城野は普通科にいるのだろうか。もしかしたら、普通科とは違う階にある特進科にいる可能性もある。
廊下は、すごく賑やかだった。すでに食事を済ませた学生たちがおしゃべりをしていたり、走って体育館に向かう学生たちもいた。僕は、一人で賑やかな廊下を歩く。僕がいる一組を除いて、二組から見て回る。教室の扉の上部はガラスになっており、外から教室の中を確認することができる。
念の為、扉の前には行かず、少し離れた場所から教室の中を確認した。二組を確認したが、城野の姿は見えなかった。確認する時間は数秒程度にして、いないと確認したらすぐに立ち去るようにした。教室の扉の前で、中をじろじろ見ていれば確実に怪しまれるだろう。今の所、他の学生たちには怪しまれてる感じはしない。みんな楽しそうに話していたり、お互いのお弁当を交換しあったりしていた。
続いて、向かうのは三組だ。少し離れた場所から三組を確認するが、城野の姿は見えなかった。その後、四組、五組の教室を確認するが、城野の姿は見えない。どこか別の場所に行っているのだろうか。いま思うと、たまたま教室にいないってこともあるだろう。五組まで見た後、僕は引き返す際にもう一度各組を見て回る。やはり城野の姿は見えなく、ただ教室をじろじろ見て回るだけとなってしまった。
城野は、普通科ではないのだろうか。普通科の教室をすべて見終え、スマホを開き時間を確認する。一クラス十秒程度で確認していたため、時間はまだ余っていた。僕は階段を上がり、特進科のある階に向かう。特進科は三組までしかないため、普通科と比べて見て回る回数が減る。特進科は普通科と違い、廊下は静かだった。廊下に学生はいたが、世間話をしている生徒はいない。
さっそく、一組から見て回った。基本的に特進科の学生たちは教室で勉強をしているか、お弁当を無心で食べている生徒ばかりだった。席が空いている様子もないし、みんな教室にいるようだ。流石だなぁと思ってしまった。特進科の教室を見ると、普通科が馬鹿みたいに見えてしまう。そんなことを考えながら、一組を見終えて次は二組を見てみる。二組にも城野はいない。続いて三組も見てみたが、城野の姿はなかった。
結局、城野を見つけることができなかった。廊下を歩きながら考え事をしていると、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴る。僕は教室に戻り、午後の授業の準備に取り掛かった。城野は、どこにいたのだろう。別の場所で、昼休みを過ごしていたのだろうか。それとも、今日は学校を休んだのだろうか。城野が、どこでなにをしていたか考えながら授業を受ける。
気がつくと、午後の授業は終わっていた。僕は教室を出て、文芸部の部室に向かう。いつも通り、静かな部室で本を読む。騒がしい教室から静かな部室に入ると、変な感覚になる。急にシーンとした空間に閉じ込められたような感覚だ。今日は、ずっと読んでいた『野良犬トビーの愛すべき転生』ではなく、部室にあったビジネス書を読んでみた。
手に取ったのは、『話し方で人生が変わる』という本だ。文芸部の部室には、文芸書以外に実用書やビジネス書、コミックなどもあるため、さまざまなジャンルの本を読むことができる。話し方で人生が変わるなら、是非とも読んでみたくなった。本を読んでいる最中、外で蝉がミンミンと鳴きはじめる。近くの木にでも止まったのだろうか。また、野球部員の声も聞こえてきた。いーちにーいちにーさんしー!と大きな掛け声が文芸部の部室まで聞こえてくる。
グランドではなく、学校の敷地内を走り回っているのだろう。いつも通り、静かに本を読めると思ったのに今日は違うようだ。部室のBGMは、蝉の鳴き声と野球部員の掛け声。最初は気にせず、本を読んでいたが段々と気が散っていく。結局、集中して読めなくなり、二◯分とたたないうちに部室を出た。文芸部の注意事項に、本の持ち出し禁止などは書かれてないが、無くしたりするのが怖かったので読んでいた本は部室に置いてきた。
向かった先は、もちろん川沿いにあるガーデンベンチだ。ここなら、気が散ることもない。僕は、ベンチの背もたれにもたれかかって、僕はふぅと一息つく。バッグから本を取り出し、『野良犬トビーの愛すべき転生』の続きを読みはじめた。小さな夕風と、せせらぎの音が心地よい。リラックスできる音を聞きながら、ベンチで読書を続ける。一時間後、ベンチの後ろでガサガサと音が聞こえはじめた。何事かと思い、僕は後ろを振り向く。僕の後ろにいたのは城野だった。城野は、驚いた顔で僕を見つめる。どうやら、僕を驚かす寸前だったようだ。
「なにしてるの……?」
「バレちゃった。なんで気付いたの?」
「えっと、音がしたから」
「次は、気をつけないと」
「次も、やるんだね……」
「今日は、元気だね」
「そうかな? いつも通りだよ」
「いつも通りなら良かった」
昨日とは違い、城野は穏やかな表情をしている。結局、昨日はなにがあったのだろうか。穏やかな表情を見る限り、悩み事は解消されたのだろうか。いつも通りの城野なら、僕も安心できる。僕は昨日のことを再び聞いてみたが、笑うだけでなにも答えてくれなかった。その後は別の会話に切り替えたが、やっぱり気になってしまう。また、それとは別にもう一つ気になることを城野に聞いてみた。
「ところで、城野さんって何組なの?」
僕は、城野が何組にいるのか単刀直入に聞いてみた。聞く予定はなかったのだが、あれだけ探していないとなると気になって仕方ない。
「四組だよ」と城野は、すぐに返答した。その後、すぐに「どうして?」と僕に問う。
「同じ学年までは知ってたけど、何組にいるのかなぁと疑問に思って」
「そう言えば、話したことなかったね。川沿くんは何組?」
「僕は、一組だよ」
「一組に可愛い子とかいないの?」
「あまり考えたことないから、わからない」
「もしかして、女の子興味ないの?」
「そんなことはないけど……」
「あっ! 男の方が好きだった?」
「それは違う!」
「そこは、ちゃんと否定するんだね」
「変に誤解されたくないし」
「今日の学校は、どうだった?」
「普通に授業聞いて、ご飯食べて、また授業聞いての繰り返しかな」
「一日の流れじゃないよ笑 やっぱり友達がいないと学校つまらくない?」
「確かにそうだね。友達がいる、いないで大分変わるよね」
「じゃ、川沿くんが友達ができるように協力するよ」
「え? 協力って言っても、一体どうやって……」
「まず、声のかけ方とか?」
「それを城野さんに教えてもらうの?」
「なに……? 友達がいない人から、教わることないとでも?」
「いや、そういうわけじゃ。僕は城野さんに友達がいないなんて、いまだに信じてないけど」
「私が、冗談を言っているわけないでしょ」
その後、城野にいろいろ教わった。別に、声のかけ方はわからなくはない。本でも読んだことあるし、一応過去には一時的な友達がいたこともある。中学一年生のとき、こんな僕にも一人だけ友達と呼べる存在がいた。当時、同じクラスで席も近かった相馬という男だ。相馬の第一印象は、爽やかな見た目で明るく親しみやすそうな感じがした。
実際に、相馬は人当たりが良く、友達も多かった。また、1年生ながらバスケ部で活躍しているため、男女からの注目もすごい。理科の授業で四人グループにわかれ実験をすることがあり、相馬とは同じグループで隣の席になった。僕がわからない所を隣りにいた相馬に聞き、相馬が丁寧に教えてくれた。そこから、相馬と会話する機会が増えていく。
相馬と話す機会が増えていくと、次第に仲良くなっていった。理科の授業では同じグループだったため、いつも話すが授業以外の場面でも時々話したりもした。毎日ではないが、朝に会ったときは挨拶したり、帰るタイミングが同じだったときは途中まで一緒に帰宅する。登校時や下校時の挨拶以外に、気になったことやわからない部分を聞いたりとコミュニケーションをとったりした。学校で話したり、一緒に帰ったりと友達と呼べる関係ではあったと思う。そんな中、相馬と出会ってから一◯ヶ月後の理科の授業で事件は起きた。
科学の実験中に爆発が起きたのだ。実験は、水素を発生させるシンプルなものだった。水素だけで爆発することはないが、空気や酸素を混ぜたところに火をつけた場合は水素爆発が起きる。なにを思ったのか相馬は引き出しにあったチャッカマンを持ち、空気を入れた三角フラスコに火をつけたのだ。三角フラスコは破裂し、ガラスの破片が僕を含む四人の生徒に飛び散る。幸い命に別状はなかったが、顔や腕には怪我をする生徒がいたためすぐに病院へと運ばれた。
当日は何事もなかったのだが、後日学校に行くとクラスの生徒は僕に冷たい視線を送る。どうやら、爆発事件の犯人は僕になっていたらしい。相馬は火をつけたのが僕だと他の生徒に言って、僕に罪をなすりつけた。正直、すごくショックだった。信用していた人に、裏切られたのだ。実験中、他のグループの人は見ていなかったし、僕たち以外の怪我をした生徒も一瞬のことで確認していなかった。
このことを知っているのは、僕と相馬だけだったのだ。相馬は、この事件から逃げたかったのだろう。僕に罪をなすりつければ、何事もなかったように学校で生活ができる。また、友達がいない僕が他の生徒に言っても僕のことを信用する生徒はいないだろう。皆、相馬の方を信用するに違いない。結局、怪我をした生徒に謝るのは僕だった。教室で謝罪した際は、相馬は逃げるようにいなくなる。
「ごめん」と一言あれば、僕は許していたかもしれない。何事もなかったかのように相馬が、この罪から逃げることが許せなかった。中学二年生になる頃、クラス替えをきっかけに相馬とは離れ、話す機会もなくなった。たまに会うことがあっても、お互いに目を合わすことなく素通りしていく。
いま思うと、友達だと思っていたのは僕だけだったのかもしれない。相馬にとって僕は、その場にいたから話す程度の人だった可能性もある。結局、僕はこの事件以降に中学で友達ができることはなかった。いま通っている高校には、中学の同級生も多少在籍している。もちろん会っても話すことはないし、そもそも僕のことを知らないかもしれない。知っている人がいれば、爆発事件の犯人だという認識だろう。
話すことが苦手で友達ができない。正直、これは嘘かもしれない。話すことは苦手だが、高校に入っても友達がいないのは、そもそも友達を作る気がなかっただけだと思う。友達ができても、いつかは裏切られる。爆発事件以降、頭の片隅でそう思っていた。裏切られるのが怖い、それだったら最初から一人でいいじゃないか。いつしか、そう思ってしまったのだろう。僕は、城野と話しながら過去のことを思い出してしまっていた。相馬のことを思い出すことはないだろうと思っていたのに……すごく複雑な気持ちだった。
「色々教えてくれて、ありがとう」
「これで友達が出来るかはわからないけど、結局最後は自分次第なのかな」
「まぁ、本人次第ってことだよね」
「私も頑張ってみようかな」
「そうだね……」
「どうしたの? なんか元気なくない?」
「いや、そんなことないよ」
僕は、会話の途中で嫌な過去を思い出して、動揺してしまったのだろう。変な所を、見られてしまった。
その後、会話を終えて解散することになった。城野は「大丈夫?」と声をかけてくれたが、僕は無理やり作った笑顔で「大丈夫」と言う。
急に元気がなくなった、僕を心配したのだろう。城野を心配させたまま解散してしまい、申し訳ない気持ちになった。後悔が心の中に、ずっと引っかかっている。心に引っかかった後悔が取れないまま、キラキラ光る星が無限に広がる夜空の下を歩いた。




