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第二十五話 夜海

線香花火を終えると、花火の片付けをした。その後は砂浜に座り、海の方を眺める。波の音だけが、辺りに響き渡っている。スマホの充電がなくなりそうになったため、途中でライトは消した。いま思うと、懐中電灯を持ってくればよかったと後悔した。


目の前が暗くて見えずらいが、音だけで波が押し寄せてくるような光景を思い起こさせる。波の音と一緒に、涼しい海風が頬に当たる。肌がベタベタするような潮気は感じられず、昼の暑さが嘘のような過ごしやすい気温だった。目が暗さに慣れていくると、目の前の海を認識することができた。また、夜空は綺麗に晴れ渡っている。


夜空を見上げると、無数に散らばる星がしっかりと見えた。ちゃんと、星空を見たのはいつぶりだろう。いや、ちゃんと見たのは初めてかもしれない。普段、夜道を歩いていても上を向いて歩くことはないし、ベンチに座っていても正面か下を見て本を読んでいる。それに普段、僕が見ていたのはテレビや本の中の星空だ。


空には、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブを結んだ大きな三角形が見える。夏の大三角形だった。目の前に広がる夏の大三角形は、僕が想像していたよりも遥かに大きかった。星空って、こんなに綺麗な光景だったのか。僕は、星空が鮮明に見えることにも驚いた。花火とは、違う良さがある。

「星って、こんなに良く見えるんだね」横にいる沙織里は言った。僕と同様に、沙織里も空を見上げていた。


「東京と違って、田舎の方はよく見えるでしょ。まぁ、僕もちゃんと見たのは初めてだけど……」

「えぇ、見たことなかったの?」

「ちゃんと、見たのは初めて」

「勿体ないね〜。本当に、ここはすごいね」


それから、しばらく僕達は無限に広がる夜空を見上げていた。途中で首が疲れたのか、沙織里は砂浜に寝転んで夜空を見上げる。「汚れるよ」と忠告したが、沙織里は気にもせずに寝転ぶ。流れ星でも、探しているのだろうか。黙ったまま、目だけを動かして夜空を眺めていた。


流れ星といえば、星が光って流れているまでに三回願いごとを唱えると願いが叶うといわれている。もし、流れ星が流れたら、沙織里はなにを願うだろうか。病気が、治りますようにとか。または、それよりも叶えたい願いがあるとか。


自分は、なにを願うことが一番いいのだろうか。友達ができますように…いや、そんなことは願わない。友達は、自分で行動して作るものだろう。「探している星でもあるの?」と僕は口を開いた。「流れ星」沙織里は夜空を見ながら、僕の問いに答える。


「流れ星、見たことある?」

「ん〜ないかな。あっ、知ってる? 流れ星が光って流れている間に願い事を三回唱えることは可能らしいよ」

「けど、流れ星の速さは数秒程度でしょ? それに願い事の種類によっては、難しいんじゃないかな」

「流れ星の速さは、大体四秒から五秒程度かな。もちろん、流れ星の大きさや流れる角度、見ている場所などによって変わるし、願いを叶える前に消えちゃう」

「状況によっては、言えるってこと?」

「そういうこと。難しい話は飛ばすけど、視野角一二◯°の環境下で流れ星の大きさが充分にあって、最も長いコースを辿った場合に一◯から一四文字程度の願い事なら光って流れている間に三回唱えることは可能らしいよ」

「簡単そうに言うけど、相当難しい条件じゃない?」

「けど、もし私たちがいる場所がたまたま視野角一二◯°の環境下で流れ星の大きさが充分にあって、最も長いコースを辿っていた場合ならどう?」

「奇跡的な状況だけど、もしそうなったら本当に願いが叶うかもね」


夜空を見続けても、流れ星はいまだに現れない。どのくらいの時間、見続けただろうか。一か所だけをじっと見るのではなく、広い範囲を見渡したが光りながら移動する物体を発見できずにいた。さまざまな星座を発見したり、途中で光が動いたと思ったら飛行機だったり。驚嘆と落胆を繰り返しながら、小さな光が散りばめられた夜空を眺める。


「いまの時期は、流星群の活動が重なるって聞いたから、たくさん見れると思ったんだけど」

「まぁ、確実に見れるわけじゃないし」

「流星群の日は、一時間に数十個の流れ星を見ることもできるんだって」

「それは見てみたいね。たくさんの願いが叶うんじゃないかな?」


沙織里は「そうだと、いいな」と言いながら、上体を起こしてから膝を上げて、はねるような勢いで立ち上がった。立ち上がると、服に付いた砂をサッと手で払う。砂を払い終わると、波の音が聞こえる方に歩き出した。小刻みに歩いていく、細長い足がうっすらと確認できる。沙織里は後ろを振り返ることなく、一定の速度で海の方に進んでいるのがわかった。


一歩進むたびに、サンダルの底が砂浜に沈んでいく。闇の中を突き破ろうとしているのか、闇の中にそのまま引き摺り込まれているのかわからない。僕は慌てて「どこに行くの!?」と声を張る。沙織里はなにかを言っているようだったが、声が小さく聞きとれない。再び、なにかを言っているようだったが、波の音で沙織里の小さな声が消されていく。


「なんて言ったの!? 夜の海は危ないよ!」

「……」


高鳴る心臓の響き。僕は立ち上がり、パンツに付いた砂を払わず足早に歩く。一直線に歩いていくが、沙織里との距離は縮まらない。沙織里は僕を無視して、どんどん先に進んでいく。バシャバシャと音を立てながら、海に入っていく後ろ姿を追いかけた。


暗くて周りが見えずらいため、僕は声をかけながら沙織里を追いかける。進むにつれて、海面は膝から徐々に腰付近へと上がっていく。「どこまで行くの」僕は、必死に声をかける。すると、前の方でバシャバシャと海を歩く音が急に止まった。


歩幅を大きくして、急いで前に進む。段々と、人影が見えてきた。沙織里は、目の前で立ち止まっていた。

急に音が止まったから、足を滑らして海の中に落ちたのかと心配になったが、ちゃんと目の前にいて安心した。でも、沙織里は震えながら海の中で立っている。


「急に、どうしたの」

「来ないで!」

「でも……」

「そこで見ていて」

「これ以上行ったら、危ないって」

「わっ」


沙織里は足をすべらせて、海の中に姿を消した。僕は急いで海の中に潜り、沙織里の体を上に引っ張る。


「ゲホッゲホッ」

「大丈夫?」

「手を離して!」

「どうしたの」

「離して……」

「風邪ひいちゃうよ。もう、戻ろう」

「……」


僕が手を離すと、沙織里は自分を抱きしめるように両手で体を抱き、下を向いた状態だった。震える沙織里に「大丈夫?」と聞くが、返答はなく沙織里の目には涙がにじんでいた。


瞬きと同時に、透明な二粒の涙がはじき出される。暗い闇の中でも、一瞬だけキラッと光る涙だけはしっかりと確認できた。ポロポロと涙が流れはじめ、沙織里の頬を伝う。次第に涙の量は多くなり、落ちた涙は海と混じり合う。


沙織里は肩を細かく震わせて、なにも言わず静かに泣いている。数秒後、両手で顔を覆い、声を出し泣きはじめた。僕は、どうしていいかわからなかった。なぜ、泣いているのか。病気のことなのだろうか。もしかしたら、病気以外のことなのだろうか。僕は「大丈夫……?」と声をかけることしかできなかった。


雨のように、ポタポタと海に落ちる涙。子供のように、声を出して泣く姿。僕は、泣き続ける沙織里を見てられなかった。自然と、体が前に動く。自然と、手が前に出る。気がつくと、僕は沙織里を抱きしめていた。人を抱きしめるのは、初めてで正解がわからない。それでも、僕は沙織里が離れないように必死に抱きしめた。

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