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第十八話 城野沙織里3

ベンチに座ろうとすると、一冊の小説を見つけた。なんで、ここに小説があるんだろう。あっ、もしかしてあの少年の忘れ物だろうか。小説には、『著者:W・ブルース・キャメロン、野良犬トビーの愛すべき転生』と書かれていた。外国人の作品、野良犬、転生。一体、どんな話なのだろうか。内容が気になり、私は小説のページを捲る。


この辺りは人工音がなく、静かな自然音だけが聞こえてくる。せせらぎの音や虫の音、風の音などが私の心を癒やしてくれる。たまに吹く川風も、すごく心地よかった。少年が、ここでゆっくりする理由がわかる気がする。自宅や病院では体験できないし、嫌なことが川や風と一緒に流されていくような気がした。


小説を読んでいると、川の向こう側が急に明るくなった。何事かと思い、顔を上げて川の方を見る。辺りを明るくしたのは、月の光だった。雲に隠れていた月が、顔を出しはじめている。完全に顔をさらけ出した月は、透き通るような白さで浮いていた。普通の人なら見慣れている光景かもしれないが、私にとってはすごく綺麗で幻想的な光景だった。


とても、綺麗な満月だ。ちゃんと、満月を見たのは初めてかもしれない。じっと見つめていると、街路灯に照らされていない奥の暗闇から人が歩く音が聞こえてきた。もしかして、病院から脱走しているのがバレて誰かが迎えに来たのだろうか。いや、ただの通行人かもしれない。それとも、よくベンチに来ている少年とか。あっ、この小説を取りに来たのかもしれない。いろいろな選択肢があり、一気に心臓が高鳴る。


暗闇から姿を現したのは、例の少年だった。どうしよう、少年が来てしまった。少年は、絶対このベンチに座りたいだろうから退かないと。私があたふたしていると、すでに少年はベンチのすぐ近くにいた。私の前を、通ろうとする少年と目が合う。お互いの視線が、凍ったように止まった。


結局、私は移動できず少し微笑んで会釈をする。少年は不思議そうな顔をしていたが、ちゃんと会釈を返してくれた。その後、少年は歩き出し、私の前を通過しようとする。そのまま通り過ぎると思ったので、私は思い切って声をかけてみた。


「ねぇねぇ」と声を掛けると、少年は驚いてきょとんとしていた。続けて、私は「これ、君のでしょ?」と聞くと、「えっ。あぁ、ありがとうございます。でも、なんで……」と慌てて私に感謝を述べつつ、疑問を投げかけた。


その後、少年と少しだけ話をした。少年の名前は、川沿蒼汰。私と同じ年で、同じ高校だった。偶然が重なりすぎて、お互いに驚きを隠しきれなかった。でも、蒼汰はここに小説を読みに来たのだから邪魔するわけにはいない。私は少し話をすると、小説を返してベンチをあとにした。


久々の外の世界、蒼汰との出会い、一生忘れることのできない日になった。病室に戻っても、ベンチでの出来事を思い出す。ベッドに入って、目を閉じても浮かんでくる。あの、忘れられない光景が。これを機に私は、できる限りベンチに行くことを決めた。


初めてベンチに行き、蒼汰に会った翌日も陽が沈む頃にベンチに向かった。外の世界、ベンチから見える景色に感動したのが大きかったが、なによりも久々に同級生と話せたことが嬉しかった。それが院内の窓から見ていた少年だったことも大きい。それに、蒼汰は私が思ってた以上に面白い人だった。本をよく読んでいるからか知識が豊富で、いろんな話題にもついてくる。


私も本をよく読む生活をしているが、私の知らない話を教えてもらったり。逆に、私が知っていることを蒼汰に教えたりと、お互い足りない部分を補うような会話をした。蒼汰と解散して、病院に戻っても興奮して眠れなかったりもした。早く、明日にならないかなぁ。明日も会って、たくさん話をしたい。いつの間にか、そんな思いが大きくなり私の日常は少しずつ変化していた。


気がつくと、私たちは毎日ベンチで会っていた。お互い制服を着て、学校帰りにベンチに寄る友達?のように。学校のことを聞いたり、お互い隠していたことを話したり。ただ、病気のことだけは話さなかった。蒼汰は優しい、話していてわかる。絶対に気を遣うと思って、病気のことは黙っていた。『やりたいことリスト』を書いたノートも見せた。両親以外に見せたのは初めてで、どんな反応されるか心配だったけど蒼汰は興味津々で見てくれた。


結果的には、私が無理やり押し付けてしまった部分があるけど、一緒に私の『やりたいことリスト』を手伝ってくれることになった。そして、二人で行う『やりたいことリスト』一発目は大きな花火を見ること。花火大会の日は、すごく緊張した。男の人と二人で出かけるのは初めてだったから、なにを着ていくかもすごく悩んだ。本当は浴衣を着て、可愛い姿を褒められたいとか淡い気持ちを抱いたり。


でも、浴衣姿はすごく目立つ。病院の出入りも含め、病院外で医療関係者や知り合いにあったら大変だ。結局、他の人たちと紛れるように私服を着ることにした。雑誌で見たピンク色の浴衣につられて、桜のような淡いピンク色のワンピースを選んだ。浴衣じゃなくて、がっかりされたらどうしよう。ベンチに向かう前は、そんなことばかり考えていた。気がつくと、太陽は姿を隠しはじめ、空は薄暗くなっていた。


準備を終えると、ゆっくり病室のドアを開ける。顔だけ外に出し、辺りに誰もいないことを確認する。廊下を歩いていると、途中で看護師がいてびっくりした。「どうしたの?」と心配されたが、「花火が見える場所ないかなぁと思って」と誤魔化す。すぐに解放されると思いきや、そこから看護師の話しが始まる。


おしゃれに着こなした私服姿を疑問に思われるかと思ったが「可愛い服を着ているね」とだけ言われ、それ以上なにかを聞かれることはなかった。その後「現地で見ると、迫力がすごいんだよ」「打ち上げ花火の中でも、あれがすごいのよ」などの話に一五分ほど付き合うと、ようやく院内でのおすすめ場所を教えてくれた。聞いたところで、院内で見るわけじゃないが目を輝かせながら看護師の話を聞いた。看護師は、私が今から外に出るなんて思いもしないだろう。話を聞くのはいいけど、早く外に出たい。結局、看護師が教えてくれたおすすめ場所は、全く頭に入ってこなかった。


看護師がエレベーターで下の階に行くのを確認すると、急いで非常口に向かう。非常口を出て、螺旋階段を急いで降りた。螺旋階段を降り、扉の近くにかかっている鍵を持って病院を出る。どうしよう、完全に遅刻だ。せっかく、おしゃれして髪型も整えたのに。走って向かうと、髪型が崩れちゃう……けど、蒼汰が待っているから急いで行かないと。薫風を浴びながら、私は勢いよく地面を蹴った。

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