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第十三話 告白

「なんで花火ってあっという間に、姿を消しちゃうんだろうね」

「花火玉の中の火薬や金属が燃え尽きちゃうからだよ」

「それは、そうなんだけど。一生、姿を消さないでもらいたいじゃん」

「花火は終わった後の余韻まで良いんじゃないかな?」

「確かに、花火は消えちゃったけど頭の中では花火の残像が残っている気がする」

「日本の美意識なのかな? 一瞬の美というか、儚さや寂しさを表していると思うんだ」

「パッと咲いて、シュンと消えるのが良いんだろうね」

「一瞬の輝きが逆に心に残ると思うし、それが思い出として永遠に記録される感じかな」

「余韻までが花火の魅力。すごく、納得した」


城野は、急に立ち上がった。城野の視線の先は鮮やかに彩られた夜空ではなく、漆のように真っ黒な夜空。城野はなにも言わず、ゆっくり前に進む。「どこに行くの?」と戸惑いながら、僕は城野に声をかけた。城野は、ゆっくりとふり返る。顔が先に振り返り、一瞬遅れてから長い黒髪が顔に追いついていく。まるで、スローモーションを見ているようだった。


「そろそろ、人も減ったんじゃないかな? 川沿いでも歩かない?」

「そうだね。行ってみようか」


僕は立ち上がり、少し先を歩く城野の背中を追いかける。僕たちはベンチをあとにして、再び会場付近に向かった。狭い路地を歩き、人通りが多かった堤防に戻ってきた。夜空に色鮮やかな花火はなく、見慣れたいつもの夜空。左手には大きな橋と信濃川、通りには人がほとんどいなく先ほどの人だかりが嘘のようだった。会場付近の明かりは消え、薄暗い夜道へと変わっているが、堤防には五◯メートル間隔で街路灯が並んでいる。奥に進んでいくと、その明るさが少しずつ太くなっていく。横目では、城野の顔がはっきり見えたり、見えなかったりと交互に変化する。


洞窟の中から、地上を求めて歩く。その繰り返しのような、感覚だった。堤防を歩いていると、足元から反響するように虫の音とせせらぎの音が聞こえる。城野の提案で、堤防の下まで行くことになった。坂道を降りると、せせらぎの音が一斉に立ち上ってくる。虫の音とせせらぎの音、自然界のクラシックコンサートを聞きながら、堤防と低水路の間にある河川敷を歩いた。辺りを明るく照らす街路灯は堤防の方にしかないため、河川敷の方は芝と川の境目がわからないほどの暗さだった。


その暗さに、目が慣れるまで少し時間がかかるかもしれない。川側を歩く僕は、いつも以上に慎重に歩く。信濃川の向こう側は、見渡す限り闇に包まれている。小さな明かりすらないように思えたが、目を凝らすとずっと先の方で小さな街の明かりが見えた。でも僕たちを照らすほどの明かりではなく、夜空に散らばる星くらいの小さな明かりだった。夜になっても蒸し暑い空気は変わらないが、川辺は少しだけ冷んやりとした空気に包まれていた。それに、せせらぎの音が暑さを忘れさせてくれる。


昼間であれば明るく視界が良いため、駆け足で川の近くまで行って水に触れたりしていたかもしれない。暑さを誤魔化すには、水に触れたりするのが一番だろう。僕たちは足元に気をつけながら、芝の上をゆっくりと歩く。暗闇に目が慣れてくると、目線の先には信濃川がじわりと浮かび上がってくる。穏やかに流れる水は、ゆっくり河川敷を歩く僕たちと足並みを揃えるように流れていた。歩きながら横目で様子を伺うと、城野は顎を上げて無限に広がる夜空を眺めている。もちろん、花火は上がっていない。目線の先は、黒く塗られたいつも通りの夜空だった。


「この真上で花火が上がってたんだよね?」

「そうだよ。やっぱり、近くで見たかった?」

「ううん、そうじゃないの。なんか、さっきまでの景色が信じられなかったなぁと思って」

「そうだね。けど、真上だと見るのに疲れちゃうかも」

「確かにそうだね笑 映画館の最前列みたいなものかな?」

「そうかも。首が痛くなっちゃうと思う」

「そういえば、私たちって苗字で呼び合ってるじゃん? 同じ年なんだし、名前で呼び合うのはどうかな?」

「城野さんがいいなら、いいけど」

「決まり。 蒼汰くんでいい?」

「うん。僕は、沙織里さんでいいかな?」

「じゃ、蒼汰くん。この辺で、ホタルが見れるって本当?」

「ホタル? 信濃川で見れるのかな、よくわからないけど」

「看護師さんが言ってたんだけど、この辺じゃないのかな」

「ちょっと待ってね」


僕は立ち止まり、ポケットからスマホを取り出した。ホタルスペース信濃川で検索をして、ホタルが見れる場所を調べる。調べると、ホタルを見れる場所を一つだけ見つけた。信濃川周辺でホタルを見ることはできないが、長岡駅から電車で三五分ほどの場所にある「越路ほたるの里」でホタルを見ることができるみたいだ。県内でも屈指のホタル生息地として有名で、全国から足を運ぶ人もいるほどの人気スポットらしい。


越路地域は「ほたるの里」とも呼ばれ、二◯年ほど前からほたるの保全・保護活動に取り組んでいる。シーズン中は、初夏の夜に光りながら飛ぶホタルを地域のいたる所で見ることができる。体色は黒色で前胸部は淡い赤色、中央には黒い十字形の紋がある日本人にとって一番馴染み深いゲンジボタルがたくさんいるとのこと。でも今は八月、観賞時期は六月中旬から七月上旬だった。すでに観賞時期は過ぎており、今年はホタルを見ることができない。なにも言わずにスマホを見つめる僕が気になったのか、横にいた沙織里も明るく光るスマホの画面を覗き込む。


「どうしたの?」

「ホタルの鑑賞時期、もう過ぎてる……」

「初夏しか見れないんだね。残念……」

「来年は、見れると思うよ」

「蒼汰くんは、ホタル見たことある?」

「ないかな。正直、検索するまでどんな見た目をしている生き物なのかも知らなかった……」

「虫は全く知らないんだね笑 花火と同じように、夜空を幻想的に舞うんだよ」

「それは綺麗な光景だろうね。お尻が光るんだよね?」

「そう。黄緑色に光るんだよ」

「火垂るの墓で見たことある」

「あれって、実は求愛行動なんだって。相手に、自分の居場所を教えているんだよ」

「へぇ。合図だったんだ」


ホタルのオスは、日が暮れるといっせいに飛び始める。そして、光っては消すという点滅を繰り返す。その後、葉の上で光っているメスを見つけると、メスに近づき光の会話を交わしてから交尾をする。繁殖をしない幼虫やさなぎも光るらしいが、別の意味がある。幼虫やさなぎが光るのは捕食者に対する警告を意味しており、食べると不味いことを伝えている。ホタルは体内に少量の毒持っており、人間が触れる程度では無害だが誤って食べてしまうと大変なことになる。賢い鳥は、ホタルを食べないらしい。ホタルを食べることで毒性を獲得するヘビがいたりと自然界の凄さにも驚いた。まるで、ゲームの世界で相手を吸収して能力を得るようなキャラみたいだ。


結局、今年にホタルを見ることは諦めた。鑑賞時期が過ぎて、見れないなら仕方ない。時期が来たら、見るとしよう。その後は歩きながら印象に残った花火を決めたり、次はなにを達成するかなどを話した。しばらく歩いていると、立ち入り禁止と書かれたカラーコーンが何台も置かれていた。どうやら、ここから先は会場内の有料席なのだろう。僕たちは川沿いを歩くのを諦めて、坂道を上がり堤防に戻った。時刻は二一時三◯分、「時間、大丈夫?」と問いかけると、「そろそろ、帰ろっか」と沙織里が答える。言葉を発した後の沙織里の顔は、少し悲愴な面持ちに見えた。


「あのさ……蒼汰くん」

沙織里は前を向いたまま、独り言のように切り出す。沙織里の足が止まると、僕も足を止めた。なにか言いたそうな顔をしている。

「ん? どうしたの?」


僕が尋ねてから、数秒後に沙織里が「いや……。やっぱり、なんでもない」と微笑みながら首を横に振り、再び歩き出す。やっぱり、言いたくなかったのだろうか。もし僕に気を遣っているのなら遠慮はしないでほしいが、無理に聞く出すのもどうかと考えてしまう。結局、考えた末に僕は数歩先を歩く沙織里を呼び止めた。


「沙織里さん、言いたいことがあれば遠慮なく言っていいから」


沙織里は足をピタッと止め、後ろを振り向く。沙織里の顔は、逆光で見えづらい。


「私、もう少しで死んじゃうんだ」

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