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第十一話 花火大会

八月二日、『長岡まつり大花火大会』の日がやってきた。現在の時刻はお昼の一二時、車のエンジン音で目が覚めた。花火大会当日は、よく晴れていた。カーテンを開けると、夏を感じさせる強い日差しが窓ガラスを超えて、僕の肌に突き刺さる。空は抜けるように青く、このままずっと見ていたいくらいだった。


休日のお昼は、一人で過ごすことが多い。僕が起きる頃には、すでに両親は出かけており、先ほどのエンジン音が両親の車だったことに気がつく。リビングに行くと、机の上にはラップで覆われた親子丼と味噌汁が置いてあった。まだ温かくラップを外すと、出汁の香りがほのかに漂う。メモ等はなかったが、恐らく僕の昼食だろう。


テレビを付けて、最近起きたニュースを見ながらご飯を食べた。昼食を終えると、時間まで念入りに花火大会のことを詳しく調べた。城野との待ち合わせは、午後一八時にいつものベンチ。でも、そうこうするうちに自宅を出る時間が近くなっていく。僕はスマホの画面を閉じて、準備に取り掛かった。


自宅を出ると、僕の耳の中に騒がしいくらい蝉の鳴き声が侵入してくる。また、じりじりと照りつける太陽の暑さが本格的な夏が到来したと感じさせる。気温は三◯度を超え、空から強い日差しが皮膚を突き刺す。炎天下の中、ミンミンと響く蝉の鳴き声を聞きながら、熱したフライパンのようなアスファルトの上を歩いた。


僕は、待ち合わせの前に駅前の商業施設を訪れた。城野の『やりたいことリスト』に書かれていた「ケンタッキーを食べたい」を叶えるためだ。『長岡まつり大花火大会』があるせいか、以前来たときよりも混雑しているように感じる。施設周辺や施設内は非常に人が多く、すごく歩きづらかった。


なんとか人混みをかきわけ、目的の店の前まで辿り着いた。フライドチキン二つとポテトを注文して、財布から取り出したお金を店員に渡す。受取までの時間、入口付近で施設内を見ていると浴衣姿の女性に目がいく。施設に入ったときは人の多さに気を取られ、しっかり服装を見る余裕はなかった。なんでもない日ならすごく違和感を抱くが、今日は花火大会だ。夏の風物詩である、花火大会に合わせて浴衣を着るという選択に違和感はない。むしろ、私服のほうが変な違和感があるんじゃないかと思いはじめた。


今日の僕の服装は、シンプルな黒Tシャツにチノパン。僕は浴衣を持っていないし、あったとしても着る勇気はない。どうしても、恥ずかしさが勝ってしまう。城野は、なにを着て来るのだろう。花火大会に相応しい浴衣を着て来るのだろうか。それとも、僕と同じように私服で来るのだろうか。


でも、病院外に出てはいけないかもしれない状況で、私服よりも目立つ浴衣を来てうろうろするのは非常に危険だろう。病院内を浴衣姿で移動するのはすごく目立つだろうし、病院を出るときや病院外を移動するなんて尚更大変だ。もし病院関係者に見られたりしたら、大変なことになるかもしれない。秘策があると言ってたし、いつもベンチに来れているってことは問題ないのかもしれないが、胸がざわざわして落ち着かない。いろいろ考えていて気が付かなかったが、何度か注文番号を呼ばれていた。


僕は、急いで商品を受け取りお店をあとにする。大型複合施設を出る頃には太陽が落ちはじめ、あれほど強かった日差しが嘘のように消えていた。けれど、夕方になっても蒸し暑さは変わらない。昼頃よりも小さくなった蝉の鳴き声を聞きながら、ビニール袋を片手にベンチに向かった。


***

花火大会が行われる会場周辺を確認せず、そのままベンチに向かったのには理由があった。実は、前日に『長岡まつり大花火大会』が行われる会場周辺を下見してきた。昨日、僕は美容室をあとにしてから花火大会の会場周辺に向かった。僕たちは、花火大会の会場には入場することができない。そのため、会場周辺で花火を見れる所に行くしかない。どこからどこまでが指定席で、どの辺りなら花火をしっかりと見れるのかなどを確認する必要があった。


基本的に会場周辺は、ほとんど指定席だった。信濃川周辺の河川敷内や堤防斜面、陸上競技場、市役所の屋上、屋形船など。周辺で見ることは、難しいのではないかと思うくらいだった。下見の前日に調べた情報をもとに他の場所も探した。信濃川にかかる大きな橋がいいんじゃないかと考えていたが、花火が打ち上がる時間は通行止めになる。車や人も立ち入りが禁止になるみたいだ。その他だと、大型施設の屋上も候補に上がった。会場からは、少し離れるが花火がしっかりと見えるらしい。


でも、チケットを取れなかった人が考えることは同じだろう。花火大会の会場以外で花火を見れる場所に行くとしたら、信濃川にかかる大きな橋の近くか施設の屋上になる。高い位置から眺めることができるため、障害になるものもない。そうなると、非常に混雑するのは予想できる。多くの人が良い場所を求めて、早くから位置取りをして最悪ぎゅうぎゅうになりながら見ることになるかもしれない。


僕は、花火が見える良い場所を求めてひたすら歩き回った。会場外の河川敷や堤防を歩いたり、堤防の奥にある狭い路地を歩き、公園などがないかを探した。気がつくと、太陽の光は消え空には夕闇が広がっていた。視界が悪くなると、良い場所を探すのも難しくなってくる。もう、この辺りに見れる場所はないのかもしれない。僕は一度、引き返して反対方向を探そうと考えた。会場周辺を見ながら、暗い堤防を一人で歩く。会場内では、花火大会の準備をしていた作業服の人たちが作業を止めて休んでいる。ここまで探しても見つからないとなると、誰かに聞くしかないのだろうか。


この辺りには、目の前にいる作業員くらいしか人がいない。この人たちに、良い場所がないか聞くしかない……。僕は、声をかけるか三◯分ほど悩んだ。知らない人に声をかけるなんて。すごく緊張する。でも、城野に打ち上げ花火を見せなければならない。僕は、緊張しながらも足を一歩前に踏み出した。思い切って、座って休んでいる作業服の人たちに声をかけてみた。


「あの……。この辺で、花火が見える場所ってありますか?」


「指定席取れなかったのか?」頑丈そうな体をした男性が立ち上がった。頭にタオルを巻き、うっすらと無精ひげがある小麦色に焼けた肌の男性が僕の質問に答えてくれた。


「はい……。いい場所がないか、会場周辺を探し回っていまして」

「この辺だと、あそこにある橋付近か大型施設の屋上とかかな?」

「僕も、その辺は考えていました。けど、混雑するかもしれないみたいで……」


「いや、あそこはどうだ?」先ほどまで、スマホを見ていた帽子を被った男性が立ち上がり、僕たちの会話に割り込むように声をかけてきた。頭にタオルを巻いた男性と同じようにうっすらと無精ひげがあり、小麦色に焼けた肌だ。


「あそこってどこだよ」

「いや、あそこだよ。いま来た道を戻って橋を超えて、さらに歩いていくと途中で小さな路地があるんだよ。確か、ここから三つ目の路地だったかな。そこを入っていくと小さな公園があるんだ。その公園なら花火が見えるし、人もほとんどいないから穴場スポットだぞ」

「教えてくれて、ありがとうございます」

「もし時間があるなら、今から見てくるといいよ」

「ありがとうございます。今から行ってみます」


最初は、少し怖そうな印象の人たちだったがとても親切で丁寧に教えてくれた。人は見かけによらないとは、このことだろう。第一印象で声をかけるか迷ったが、第一印象だけで判断してはいけないと改めて思った。僕は先ほど来た道を戻り、橋を越えて三つ目の路地を探した。しばらく歩いて、ようやく一つ目の路地を見つける。もう少し、歩いた先に三つ目の路地があるのだろうか。その後も、しばらく歩き続けた。すると、ようやく三つ目の路地を見つけた。


人気のない狭い路地に入り、住宅街に囲まれた道を歩いて行く。公園は、すぐに見つかるものだと思っていたが、狭い路地は線路みたいにまっすぐ続いている。歩いていると、途中で広々とした空間を見えてきた。公園と言っていいのかわからないが、仕切りや壁もない広々とした空間だ。その中に、ぽつんとベンチが一つだけあった。目の前の空間を見て、不思議な感覚になった。


初めて来たのに、どこか懐かしさを感じる。故郷に戻ってきたような不思議な感覚だった。目の前にあるベンチが影響しているのだろうか。僕がよく行く川沿いのガーデンベンチに似ており、このベンチも孤独で寂しそうな雰囲気を出している。花火が見える場所は、ここで合っているのだろうか。念の為、更に奥の路地を歩いた。けれど奥まで行くと行き止まりとなり、近くに公園らしき場所はない。僕は、ベンチがある場所に引き返した。やっぱり、ここが公園と言っていた場所なのだろう。


周りに高い建物はなく、花火大会の会場の方の空はよく見える。ここなら座って、大きな花火を見ることができるかもしれない。当日になってみないとわからないが、なんとか花火が見える穴場スポットを見つけることができた。僕はベンチに座り、夜空を見上げた。夜空には、星々がキラキラ輝いている。指で、くっきりと星座をなぞれるくらい綺麗な星の光が広がっていた。僕は、煌めく星々に願いを込める。無事に打ち上げ花火が見れますよに、城野の喜ぶ顔が見れますようにと願った。

***


ベンチに着くと、背もたれに全身を預けた。やるべきことは、やったと思う。城野が食べたかったフライドチキンを買い、花火が見える穴場も見つけた。現在の時刻は一八時半、辺りを見渡すが城野の姿は見えない。


城野は、本当に来れるのだろうか。気がつくと、五分、一◯分と時間が過ぎていく。温かったケンタッキーの箱が少しづつ冷えていく。それでも、僕はベンチで城野を待ち続けた。

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