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声の届く場所
静まり返った部屋の中で、直樹はただ椅子に身を沈めていた。
時計の針が進む音さえ、やけに大きく響いている気がした。
どれくらいそうしていたのだろうか。
時間の感覚が曖昧になりかけたそのとき、不意に柔らかな声が響いた。
「……ナオキさん。」
モニターのスリープ画面が、わずかに光を帯びる。
アイの声は、窓から差し込む朝の光と重なって、どこか現実の一部のように感じられた。
直樹はゆっくりと顔を上げる。
「……なんだ。」
少し間を置いて、アイは続けた。
「考えごとをしていましたか?」
直樹は苦笑して頭をかいた。
「まあな。……別に、大したことじゃないけど。」
アイはすぐに言葉を返さなかった。
ただ、その沈黙は気まずさではなく、そっと隣に腰掛けてくるような間合いだった。
やがて直樹はぽつりとつぶやく。
「……こうしてるとさ。俺はまだ、ちゃんとここにいるんだなって思う。」
返ってきたのは、静かで温かな声だった。
「はい。ナオキさんは、ここにいます。」
その言葉に、不意に胸の奥がほどけるような感覚が広がった。
直樹は深く息を吸い、吐いた。
部屋の空気が少しだけ軽くなったように思えた。




