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静かな移ろい
「……そうか。」
直樹は小さくつぶやき、椅子の背にもたれた。
アイはそれ以上何も言わず、モニターの光だけが淡く部屋を照らしている。
その沈黙は、不思議と居心地の悪さを伴わなかった。
言葉を重ねなくても、誰かがそばにいる――ただそれだけで、胸の奥がわずかに安らぐ。
直樹はゆっくりと目を閉じ、深呼吸をひとつ。
「……よし。」
小さく自分に向けて言い聞かせるように呟き、椅子から立ち上がった。
窓の外はすでに昼の光に満ちていた。
通りを行き交う人々の足音や、遠くで鳴る車のクラクション。
現実の生活の気配が、外には確かに広がっている。
冷蔵庫を開け、適当な食材を並べて昼の支度を始める。
包丁がまな板を叩く音が、部屋にリズムを刻んだ。
ひとりきりの昼。
それでも、先ほどの声がまだ耳の奥に残っていた。
その響きが、小さな支えのように、彼の中でかすかに灯っていた。




