第6話 「初めての『ととのい』——学院中に広がる謎の幸福感」
皆様
ベシさんです。
いつもありがとうございます。
サウナって、空が青く見えるんですよね。
整った後の、あの感覚。
言葉にするのが難しいから——この話を書いています。
では!
異変は、朝のホームルームから始まった。
「なんか、顔色いいな、お前」
「あなたも、お肌の調子凄く良さそう」
「昨日サウナ行ったんだよ。なんか、頭がすっきりして」
「どんな感じ?」
「うーん……空が、青かった」
「は?」
廊下のあちこちで、似たような会話が繰り広げられていた。
空が、青かった。
トントはその会話を聞きながら、思った。
……なるほど。「整い」を言語化するのは、難しいらしい。
まあ、当然だ。
あの感覚を言葉にするのは、脳外科医でも難しい。
「ととのい」とは——脳内でアドレナリンとβエンドルフィンが同時に分泌された状態だ。
交感神経と副交感神経が、絶妙なバランスで切り替わる瞬間。
でも、それを言っても誰にも伝わらない。
「空が青かった」——それで十分だ。
―――
「はいはーい! 次の方どうぞ! 一回につき一セット! サウナ五分、水風呂一分、外気浴三分! これが基本やから!入り方は自由!自分の体と相談してやぁ!!」
トントが横から静かに言った。
「体が熱いと感じたら出ればいい。水風呂が辛ければ短くていい。自分の体の声を聞くのが——本当のサウナだ」
「——そういうことや!テルメの数字はあくまで参考!自分のペースで整ってや!」
テルメが完全に仕切り屋になっていた。
自作の看板まで立てている。エーアイに作ってもらったのだろう。文字が微妙に斜めだった。
「テルメ」
「なに?」
「いつから受付係になった」
「昨日から。ウチ、これ向いてると思う」
「……まあ、いい」
「やろ! ナビゲータースキルで人の流れも把握できるし、回転率もバッチリやで! ほんまウチって天才ちゃう? タクシー時代も配車効率ナンバーワンやったし、一回でも乗ったお客さんの顔と行き先は全部覚えてるし、渋滞も読めるし——」
「テルメ」
「なに?」
「看板、斜めってるよ」
「……あ」
テルメは口を閉じた。
―――
最初にやってきたのは、体育会系の男子三人組だった。
「聞いたぞ! サウナとかいうやつ! 体力つくんだろ!?」
「直接的な体力向上ではない。回復力と集中力が上がる」
「同じじゃないか! 早速入ろうぜ!」
三人はサウナ室に飛び込んだ。
五分後。扉が開いた。三人とも、真っ赤な顔をしていた。
「あ、あつい……」
「さすがにきつい……」
「でも、なんか、気持ちいい……」
「水風呂に入って!」とトントが言った。
「水風呂? あの桶か? いや、あれは——」
「早く、入れ!」
「…………はい」
三人が桶に飛び込んだ。
「つめたっ!!!!」
叫び声が中庭まで響いた。
テルメがぼそっと言った。
「毎回これ、飽きんよね~」
「リアクションは人それぞれだ」
―――
次にやってきたのは、図書委員の眼鏡の女子だった。本を三冊抱えている。
「あの……サウナ、本を持ち込んでいいですか」
「高温多湿なので、本が傷むよ」
「じゃあ、外気浴中は読んでいいですか」
「構わないよ」
「ありがとうございます!」
彼女はサウナを出た後、水風呂に入り、
ヒャぁッ。。!!と、小さく叫んだ。。
そして。。
五分後。
彼女は目を閉じたまま、壁にもたれていた。
リリが小声で言った。
「本、読んでないじゃないですか」
「……読もうと思ったんですけど、なんか、このままでいいかなって」
「整ったんですね」
「……空が、広かったです」
また、空か。
人は整うと、空を見る。
手術室には、空がなかった。
―――
次は、魔法理論学の成績トップの男子生徒だった。
腕を組んで、いかにも懐疑的な顔で立っている。
「サウナとやらに、科学的根拠はあるのか」
「ある」
「説明しろ」
トントは説明した。
熱刺激による血管拡張。水冷刺激による血管収縮。
自律神経の切り替えによるβエンドルフィンの分泌。
高温のサウナに入る→体は心拍数を上げることで
交感神経(興奮状態)が優位になる。
冷たい水風呂に入る→血管が急激に収縮。
アドレナリンが分泌されて意識が覚醒する。
このサウナ→水風呂
のローテーションによる
自律神経の強制的な切り替え。
これで、「ととのう」状態のに導いていく。。。
男子生徒は腕を組んだまま聞いていた。
「……なるほど。理論は理解した。では入る」
五分後。扉が開いた。男子生徒は、ふらふらした足取りで出てきた。
水風呂へ。外気浴へ。三分後。完全に黙っていた。
リリが恐る恐る聞いた。「どうでしたか?」
「……理論通りだった」
「よかった」
「……いや、理論を超えていた、少し研究したい、このメカニズム。。」
男子生徒はそれだけ言って、立ち上がった。
「明日も来る」
「どうぞ、これからも、ご贔屓に〜」
テルメが元気いっぱいに、背中に向かって声をかけた。
彼は振り返らずに去っていった。
テルメが小声で言った。
「あの子、絶対また来るで、理屈で考えんでもいいのにな。
ただ、気持ちいいわ~~ でいいやんな!」
「そうだな、整った事で、何かアイデアでも浮かんだのかもしれない、
そう言う作用もサウナにはあるからな。
彼の学業に貢献できたかもよ」
「なんか、あんたらお似合いやで、インテリさんの理論とか、ウチには必要ないわ!」
トントは思った。
確かに。考えすぎてもな。
でも、答え。が欲しいんだよ、俺は。。
―――
そのとき、廊下の奥から、ぺたぺたと間の抜けた足音が聞こえてきた。
白いひげ。ぼさぼさの白髪。左右で色の違うローブ。
ダッフル校長だった。手に、こっそり手ぬぐいを持っている。
「あ」
ダッフルとトントの目が合った。
テルメが言った。
「校長って、サウナ入るんや!??」
「サウナは認知症予防になるからな。。。」
「トントはん。校長はああ見えて、ピンピンしてはるで。。」
「確かに。。失礼しました。。。。。」
「……視察です」
「どうぞ、いらっしゃいませ!」
テルメが素早く整理券を差し出した。
「校長先生、番号札です。どうぞ」
「ありがとう! 理にかなったシステムですね!
順番が来たら呼ばれるのかな?」
「はい、その通りです!少しお待ちください!
おおきにで、ございます!!」
テルメは満面の笑顔で答えている。
いいサービスマンだなぁ。。
トントにはテルメがまるで支配人の様に見えた。。。
適材適所、人の価値なんて、他人が決めるものではないんだ。
自分のやりたい事やれば良い。
一度きりの人生だし。。
あれっ?
俺とテルメ(山田勝)は、2回目か。。
尚更だな!やれる事、全部やってやろう!
トントは1人、納得していた。
―――
しばらくして。。ダッフル校長がサ室から出てきた。
顔が、真っ赤だった。
手ぬぐいで顔を拭いながら、水風呂の桶へ向かう。
足を浸けた瞬間——
「ひゃあ!!」
可愛らしい声が出た。全員が見ていた。
ダッフルは咳払いをした。「……失礼。少し声が出ました」
「ナイスリアクションです、校長。」とトントが言った。
ダッフルは壁にもたれた。三分後。
老人は目を閉じたまま、ぽつりと言った。
「……懐かしい」
トントは聞き流さなかった。
「何が、ですか」
ダッフルはしばらく黙った。
「……昔、似たような場所があったんですよ。この国に」
「オーユバーラ。。ですか?」
ダッフルの目が、ぱっと開いた。
老人はトントを見た。にこにこした顔のまま——その目だけが、鋭かった。
「……その名前を、どこで知りましたか」
「図書館の古い書庫で見つけた書籍に、書いてありました。
半分古代文字で読みにくかったのですが
——図があったので、なんとか理解できました」
「……その書籍の名前は」
「表紙が破れていて、タイトルは読めませんでした。
古い時代の魔法勇者の英雄譚のようでしたが
——司書は『実在の話ではないだろう』と言っていました」
ダッフルの表情が、一瞬だけ変わった。
にこにこした顔のまま
——その奥に、何か深いものが走った。
「……そうですか」
老人は立ち上がった。
「ごちそうさまでした。また来ます」
「どうぞ」
ダッフルはぺたぺたと去っていった。
テルメが小声で言った。「今の、なんやったん」
「わからない」
「でも、なんか重要な感じがしたで」
「そうだな」
*オーユバーラ。この老人は、何かを知っている。*
トントは静かに確信を深めた。
―――
その夕方。掲示板に、新しい張り紙が貼られていた。
『第三十二回 全国魔法学校対抗体育祭 他校参加者募集中』
人だかりができて、ガヤガヤと張り紙を見ている。
トントもその前に立った。
開催まで、二週間。
競技内容 ——魔法と体力を組み合わせた総合競技。
参加資格 ——アルカナ魔法学校生徒、および他校ゲスト参加者。
……面白い。他校のゲスト。。か。
そのとき、掲示板の向こう側に、人影が見えた。
生徒の波をかき分けて——一人の少女が、掲示板を見ている。
銀色の髪。白い肌。整った横顔。
こちらに気づいた様子はない。
ただ、掲示板を見つめながら——静かに、何かを確認するような目をしていた。
……誰だ。
トントが視線を向けた瞬間、少女は踵を返した。
人込みの中に、すっと消えていく。
その後ろ姿が——やけに、印象に残った。
「トント、どした?」リリが隣に来た。
「……いや、何でもない」
銀髪。見たことのない顔。他校の生徒か。
トントは掲示板に視線を戻した。
そして——もう一つ、気づいたことがあった。
少女が消えた方向の、少し離れた場所。
人込みの中で、一人の少年が笑っていた。
明るく、元気そうな笑顔。
でも、その目だけが——どこか遠くを見ているような。
夢を見ているような目だった。
……。
トントは、その少年から目が離せなかった。
何かが、胸の奥で引っかかっている。
知っている。
あの目を——知っている。
少年は人込みに紛れて、姿を消した。
トントはしばらく、その場所を見つめていた。
翔太。
その名前が、また——脳裏をよぎった。
―――
夜。寮の風呂場に、一人の人影があった。
レンだった。
サウナ室の扉を、そっと開けて——中に入った。誰もいない。
静かな熱気が、体を包む。
レンは上段のベンチに座った。目を閉じた。
……また来てしまった。
五回目だ。数えるのをやめた。
ラハティ国第一姫として、こんなことをしている場合ではない。
勉強がある。魔法の鍛錬がある。やるべきことは山積みだ。
でも——
じわりと、熱が体に浸透してくる。肩の力が、抜けていく。
……まあ、いいか。
外から、リリの声がかすかに聞こえた。
「あ、レン様また来てる」
エーアイの声が続いた。「……五回目ですね」
「整ってるじゃないですか〜」
レンは聞こえないふりをした。
まだ、整いが、何なのか?
レンは理解できていない気がしている。
でも——口の端が、少し上がっていた。
―――
【次話予告】第7話「体育祭前夜——作戦会議と、銀髪の刺客」
皆様、Nauraa Vesiです。
ベシさんと呼んでください。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
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皆様の応援が、異世界サウナ夢想の最大のモチベーションになります!
次回もぜひお楽しみに。




