第50話「百年分のととのい。」
ストレスとの付き合い。
全てに通じますね。
では、没入して
皆で、トトノイましょう!
ストレッシが、咆哮した。
不快の影が、広間を埋め尽くしていく。
「あの日から——僕は、ずっと、一人でした」
翔太の声が、影と重なって響いた。
「目は、開かなかった。でも——聞こえてたんです。お父さんとお母さんが泣く声も。先生が、謝る声も。看護師さんの声も。」
「全部、聞こえてた」
「でも——僕は、返事ができなかった」
トントの胸が、締め付けられた。
「ここにいるよって、言いたかった。痛いよって、寂しいよって——言いたかった。でも、誰も、気づいてくれなかった」
「僕は、ここにいるのに」
「誰も——」
影が、膨れ上がった。
「その孤独が——僕を、ここに連れてきた」
———
トントは、その時——理解した。
全てが、繋がった。
翔太の孤独。誰にも気づかれない、声なき叫び。
それが、限界を超えた時——意識だけが、この世界へと飛んだ。
そして、出会った。
ストレッシに。
百年前、三勇者との戦いでボロボロになった、不快の化身。
マイナスの力の根源を、求めていた存在。
翔太の孤独は——ストレッシにとって、極上の餌だった。
ストレッシは、翔太の孤独を糧にして、力を取り戻していった。
そして、オーユバーラの封印を確固たるものにし、この世界の「整い」を——支配下に置いた。
だが、ストレッシには、恐怖があった。
いつか、オーユバーラが復活するのではないか。
いつか、誰かが——整いを、取り戻すのではないか。
そして——その日が、来た。
俺が、転生してきた。
翔太の孤独が、後悔に満ちた俺を——この世界へ、呼び寄せた。
オーユバーラが、動き出した。
俺たちに、反応するように。
三人は——繋がっていた。
翔太と。
ストレッシと。
俺と。
「……そうか」
トントは、静かに呟いた。
「ストレッシ。お前は——敵じゃない」
影が、揺れた。
「お前を、倒すんじゃない」
トントは、前に出た。
「お前を——整えるんだ」
———
ストレッシが——嗤った。
(整える? 私を?)
(ならば——お前自身は、どうなのだ)
その瞬間。
トントの世界が——暗転した。
広間が消え、仲間が消え——気づけば、トントは、あの病室にいた。
白い、無機質な部屋。
ベッドの上に——意識の戻らない翔太が、横たわっている。
(これが、お前の罪だ)
(お前が、救えなかった命だ)
(お前が、逃げた現実だ)
無数の声が、押し寄せた。
ご両親の、泣き声。
病院の、責任を問う声。
そして——自分自身を、責める声。
「お前のせいだ」
「お前の慢心が、この子を——」
「逃げたくせに」
「医者を名乗る資格もない」
トントの膝が——折れた。
これは——ストレッシの、最大の攻撃。
相手の「最も深い後悔」を、無限に増幅させ、心を、押し潰す。
不快の、極致。
「ぐ——っ」
立てない。
息ができない。
十年間、抱え続けた後悔が——津波のように、トントを呑み込んでいく。
「トントはん!!」
テルメの声が、遠くで聞こえた。
しかし——届かない。
トントは、暗闇の底に、沈んでいく。
あの日の、後悔の底へ。
——もう、立てない。
——俺は、罪人だ。
——俺なんかが、翔太を救えるはずが……
その時だった。
「……先生」
小さな声が、聞こえた。
翔太の声だった。
暗闇の中で、トントは——顔を上げた。
「先生は、僕に、言ったよね」
「翔太は、ホームランバッターだって。ボールが、翔ぶって」
「僕、あの言葉——ずっと、覚えてる」
「嬉しかったんだ」
翔太の声が、暗闇に、光を灯した。
「先生は、逃げたかもしれない。でも——あの時、確かに、僕の隣にいてくれた」
「先生の手、あったかかった」
トントの目から——涙が、溢れた。
そして。
ゆっくりと——立ち上がった。
「……そうだな」
「俺は、逃げた。でも——あの時、お前の隣にいたことだけは、本当だ」
トントは、暗闇を、睨んだ。
「ストレッシ。お前の言う通り、俺は罪を背負ってる。一生、消えない」
「でも——その後悔を、抱えたまま、前に進む」
「それが——整えるってことだ」
暗闇が——砕けた。
病室が消え、広間が、戻ってきた。
トントは、立っていた。
仲間たちの、真ん中で。
———
「皆、聞いてくれ」
トントは、仲間を振り返った。
「ストレスってのは——消せないんだ」
静かな、声だった。
「人間が生きている限り、必ず生まれる。悲しみも、怒りも、孤独も——全部、心の中に、必ずある。それ自体は、悪じゃない」
「普段は、心がバランスを取っている。少しずつ発散して、溜め込みすぎないようにしている。でも——」
トントは、翔太を見た。
「そのバランスが、崩れた時。誰にも気づかれず、ひとりで抱え込んだ時。ストレスは——溢れ出す」
「翔太の孤独が、限界を超えて溢れた。それが——ストレッシだ」
ストレッシが、震えた。
図星を、突かれたように。
「全くわからんかったわ」
テルメが、言った。
「俺もっすよ」
ザウルが、続いた。
トントは、小さく笑った。
「要するに——ストレスは、敵じゃない。付き合っていくものだ」
「最初からそう言えよ!!」
——だが、その後。
全員が、静かに、頷いた。
軽口の後に、訪れた沈黙。
それは、納得の沈黙だった。
———
「じゃあ、どうやって付き合うんや」
テルメが、聞いた。
トントは、ストレッシを見据えた。
「整えるんだ」
「熱波で、体を開く。水風呂で、引き締める。外気で、整える。乱れた自律神経のバランスを——強制的に、リセットする」
「ストレスと戦うんじゃない。溢れたものを——もう一度、整える。そのための場所が——」
トントは、天井を見上げた。
遥か上空、雲の上に浮かぶ——オーユバーラ。
「サウナだ」
「人が、ひとりで抱え込まないために。溢れる前に、整えるために。百年前、この世界の誰かが——本気で作った、癒しの場所」
「翔太」
トントは、少年に向き直った。
「お前の孤独は、消えない。俺が、消すこともできない」
翔太の目が、揺れた。
「でも——一緒に、整えることは、できる」
「お前は——もう、一人じゃない」
「……っ」
翔太の頬を、涙が伝った。
「先生は——僕を、置いていった」
「ああ。逃げた。許してくれとは、言わない」
トントは、まっすぐに、翔太を見た。
「でも、今は——逃げない。お前の隣で、一緒に、整う」
ストレッシが、抵抗した。
(孤独を、手放すな)
(誰も、お前を分かってくれない)
(一人なんだ。お前は。)
影が、翔太に絡みついた。
「翔太君!」
レンが、前に出た。
「一緒に、整いましょう。私たちが、いるから」
「うちらがおるで」
テルメが、続いた。
「翔太君、一人ちゃうでここに、こんなにおるやんか」
リリが。エーアイが。フリギアが。タイカが。
そして、三勇者が——翔太を、囲んだ。
誰も、翔太を、一人にしなかった。
———
「——始めるぞ」
トントが、柄杓を手に取った。
オーユバーラが、応えた。
遥か上空から、光の柱が——降りてきた。
百年分の魔力が、トゥオネラ国の最下層に、満ちていく。
「ヴァロ!」
テルメが叫んだ。ヴァロが——全員の力を、増幅させた。
ザウルの風。
キックルの水。
ファビラの炎。
イグニスの溶岩。
ペトラの石。
シルヴァの木。
六つの精霊の力が——一つに、束ねられた。
「ダッフル! オペッタ! ヴァンハ・テラ!」
三勇者が、力を、解放した。
百年分の、想いと共に。
「これは——攻撃じゃない」
トントは、静かに言った。
聖水を、構えた。
「整え、だ」
そして——
「ジュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア——!!!!!!」
最後の、大ロウリュ。
熱波が、翔太とストレッシを——包み込んだ。
優しく。
温かく。
母の腕のように。
「——!!」
ストレッシが、震えた。
百年間、ボロボロだった不快の塊が。
戦い続け、疲れ果てた存在が。
初めて——熱波に、包まれた。
「……あ」
ストレッシの咆哮が、止まった。
代わりに——溶けていく感覚が、広がった。
凝り固まっていた不快が。
積み重なった疲労が。
百年分の、苦しみが——蒸気と共に、溶けていく。
「……あたたかい」
ストレッシが、呟いた。
初めての、言葉だった。
「こんなに——あたたかいの、初めてだ」
熱波が引き、水の聖気が全身を包み、そして——風が、吹いた。
オーユバーラの風。
雲の上の、外気浴。
「……整う、って」
ストレッシの輪郭が、ほどけていく。
穏やかに。
「こういう、ことだったのか」
不快の塊が——光に、変わっていった。
消えるのではない。
整って、穏やかになって——空に、還っていく。
———
翔太の体を覆っていた、孤独の影が——剥がれ落ちた。
少年が、その場に、座り込んだ。
涙が、止まらなかった。
「せん、せい——」
トントは、駆け寄った。
そして——翔太の前に、膝をついた。
あの日、置き去りにした、小さな体の前に。
「翔太」
トントは、手を伸ばした。
そっと、少年の頭に——手を、置いた。
あの日から、二度と——誰の頭にも、置けなかった手を。
「よく、頑張ったな」
「ひとりで——よく、耐えた」
翔太が、トントの胸に、飛び込んだ。
「せんせい——っ! せんせい——っ!!」
「ああ」
「ああ、ここにいる。もう、どこにも行かない」
「ありがとう——先生。来てくれて、ありがとう——」
トントは、翔太を、抱きしめた。
強く。
二度と、離さないように。
仲間たちが、静かに——その光景を、見守っていた。
誰もが、涙を、流していた。
風が、優しく、吹いた。
オーユバーラの、整いの風が。
すべてを——包み込むように。
———
トゥオネラ国の闇が、晴れていった。
最下層に、光が差し込んだ。
百年間、湖の底に沈んでいた、不快の城が——ゆっくりと、崩れ始めた。
「……終わった、んか?」
テルメが、呟いた。
「ああ」
トントは、翔太を抱きしめたまま、頷いた。
「終わった」
「ストレスは、消えない。誰の心にも、必ずある」
トントは、空を見上げた。
崩れゆく天井の向こうに——青い空が、見えた。
「でも——ひとりで、抱え込まなくていい。溢れる前に、整える場所がある」
「俺たちには——サウナが、ある」
光が、すべてを、包んだ。
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つづく——次回、最終話
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
ああ、面白かった。
と思っていただいた、あなた。
ブックマーク、お願いいたします。
そして。
皆様にお願いがあります。
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皆様のポチッ。で、物語は続いてまいります!
夢想の最大のモチベーションになります!
次回もぜひお楽しみに。




