第47話「ストレッシの城へ。脊髄を下る者たち」
満員電車。
いやですねぇ。
吹き飛ばしていきましょう!
では!
「乗ったか?皆。」
オペっタ先生が一同を見渡す。
ルウルの背中が——大きく傾いた。
全員が、必死に捕まった。
「ここが——トゥオネラ国の入り口か」
トントは、城の門を見つめた。
暗い。重い。禍々しい。
百年間、この城は湖の底に沈んでいた。今、再び地上に現れた。
ルウルが、城の中へと降りていった。
翼を畳み、石造りの通路へ。
全員が、飛び降りていった。
門が——重い音を立てて、閉まった。
まるで、歓迎するかの様に。
誰も、何も言わなかった。
通路が——下へ向かっていた。階段が、どんどん下へ。さらに下へ。
階段は背骨の様だ。
「脊髄を下る構造だ」
トントは、呟いた。
「上から下へ。脳から脊髄を通って、神経が下りていく。
つまり——意識が支配される構造だ」
レンが、トントを見た。
「どういう意味ですか」
「人間の脳は、上から命令を下す。脊髄を通じて全身に信号を送る。この城は——それと同じだ。上から不快を送り込んで、全員の意識を支配しようとしている」
トントは、先へ進みながら言った。
「つまり——ストレッシは、脳だ。この世界の意識の中枢。人の心に直接、不快を流し込んでいる」
———
下に行けば行くほど——気持ち悪くなった。
通路が、狭くなっていく。壁が、迫ってくる。天井が、低くなる。
蒸し暑い。
空気が、淀んでいる。
そして——臭い。
何かが腐ったような、饐えた臭いが——鼻をついた。
「……うわ、なんやこの臭い」
テルメが、顔をしかめた。
「満員電車みたいやんか。ぎゅうぎゅうで、蒸し暑くて、誰かの汗の臭いがして、降りたいのに降りられへん——あの最悪な感じ」
「満員電車。
何だかわかりませんが、凄く嫌な言葉の響きですね」
レンが頷く。
「……ここの空気、吸って大丈夫なんですか」エーアイが、口元を押さえた。
「本当に、進んでいいのかな」
リリが、呟いた。
全員の足が——止まった。
進みたくない。
引き返したい。
ここから——逃げ出したい。
それは、自然な感情だった。
しかし——トントは気づいた。
「これも——ストレッシの力だ」
「え?」
「五感すべてを攻めてきている。
狭く感じるのも、蒸し暑いのも、臭いのも——全部、心理的な攻撃だ。不快を増幅させて、俺たちを引き返させようとしている」
トントは、前を見据えた。
「物理的には——通路の幅も、空気も、変わっていない。変わったのは——俺たちの感じ方だ。ストレッシは、人の脳の『不快を感じる部分』を直接刺激している」
「要するに?」テルメが聞く。
「気のせいだ。負けるな」
「最初からそうゆうたらいいやん!!」
その一言で——空気が、少し軽くなった。
笑いは、不快を打ち消す。
———
「テルメ」
トントが言った。
「ヴァロに——光の増幅を依頼してくれ。この不快を払うには、光が必要だ」
テルメが頷いた。「ヴァロ——頼むで」
ヴァロが——光を放出した。
白い光が、通路を満たした。明るくなった。不快が、薄れた。
その瞬間だった。
通路の暗がりから——何かが、動いた。複数の影が。
「来た」
ダッフルが、静かに言った。
「ストレッシの眷属ですな。」
影は、姿を現した。
魔物だ。暗い、粘着質な何か。
まるで人の心の闇を実体化させたようなもの。
—次々と現れた。
光を食い尽くそうとするように——襲いかかってきた。
「皆!!戦闘態勢!!」
タイカが叫んだ。
ザウルが風を巻き起こした。
ファビラが炎を放った。
キックルが聖水を展開した。
イグニスが溶岩を噴き出した。
ペトラが石の壁を作った。
シルヴァが木の根を伸ばす。
ヴァロが——全員の力を、増幅させた。
しかし——魔物は、次々と沸いてくる。
光を目の敵にしているように。
「やられる——」リリが叫んだ。
「消耗が——大きい」エーアイが声を絞る。
「もう、無理や——」テルメが膝をついた。
その時だった。
「ふぉふぉ」
ダッフルが、両手を広げた。白い光が、全体を包んだ。
「退け」
一言で——全ての魔物が、吹き飛んだ。
「オペッタ」
「了解」
オペッタ先生が、風で全員を立たせた。
「ヴァンハ・テラ」
「行くぞ」
ヴァンハ・テラが——柄杓を構えた。
三勇者の連携は、完璧だった。百年前から——何も変わっていなかった。
しかし——全員、かなり消耗していた。息は荒く、足はふらついていた。
———
さらに下へ。通路が——開いた。
広い、洞窟のような空間。
そこに——あった。
サウナ室だった。
しかし——それは、オーユバーラのそれではない。
真っ黒な石造りの室。
中央に——巨大なストーブ。
熱で、ストーブが真っ赤になり、
崩れ落ちそうな、危うい雰囲気。
業火の灼熱に満ちている。
「……これは何ですか」レンが、声を絞った。
「ストレッシのストレスサウナ。か?」
トントは、理解した。
「サウナではない。拷問装置だ。ただ熱いだけ。治療ではなく——ストレスを増幅させるための施設」
「えっ、こんなん——」テルメが叫んだ。
「オーブンの中で焼かれるのと同じやんか!!」
「エーアイ——何か作れないか」
「ブラックシリカで防御壁を——」
「リリ——スモールファイアでストレスストーブの温度をコントロール」
「レン——聖水で潤いを」
「ザウル——風で循環を」
「フリギア——イグニスでサポート」
全員が——同時に動いた。
エーアイが、ブラックシリカの防壁を生成した。
リリが、スモールファイアで温度を調整した。
レンが、聖水を霧状に散らした。
ザウルが、風で空気を循環させた。
フリギアが、イグニスの力でサポートした。
三勇者が——その全力を解放した。
白い光。嵐のような風。百年分の魔力。
全てが——一点に集中した。
ストレスサウナが——崩壊する!
その裂け目から
更に下に続く階段が見えた
全員が、先へ進んだ。
さらに下へ
———
湿った石造りの階段。
ここが、最下層なのか。
そんな事も、どうでも良くなってきた。
重い扉を開けると。
そこに待っていたのは——影でも、怪物でもなかった。
一人の少年だった。
穏やかな顔で、広間の中央に立っていた。
「お久しぶりです、トントさん。皆さんも」
少年が、静かに微笑んだ。
テルメが、目を丸くした。
「あれ?この子——あれやん。体育祭の時の子やん。イロくん、やったっけ。何してんの、こんな所で。迷ったんか?」
「違います」
エーアイが、鑑定した。
そして——固まった。
「……この人。何も、ない??」
「鑑定で、何も読み取れません。魔力も、属性も——存在そのものが、空白みたいに」
「何もないなんて、失礼だな」
イロが、くすりと笑った。
「ね——先生?」
トントに、語りかけた。
「先生??何の話や」テルメが首を傾げる。
「トントはん、知り合いか?もしかして」
トントは——動かなかった。
その顔。
その声。
その「先生」という呼び方。
「……まさか」
記憶が——蘇った。
十年前。手術台の上。八歳の少年。必死に握った、小さな手。
モニターの音。
伸ばした指先。
救えなかった——あの夜。
「翔太——なのか」
声が、震えていた。
「本当に——翔太なのか」
イロ・アウロが——いや、田中翔太が。
ただ、静かに微笑んでいた。
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つづく
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