第44話「整う覚悟。勇者の試練」
ベシさんです。
いつもありがとうございます。
さて。
アトラクションサウナ。 作りたい!
では
「整う覚悟が——あるか」
ヴァンハ・テラの声が、蒸気の中に響いた。
誰も、すぐには答えなかった。
熱い空気が肺を満たし、白い霧が視界を覆っている。
百年間、ひとりでロウリュを続けてきた男が、静かにこちらを見ていた。
トントは、仲間の顔を見た。
レン、リリ、エーアイ、フリギア、テルメ。
そしてザウル。
全員が、真剣な目をしていた。
「——あります」
トントが答えた。
「あるに決まってるやん」テルメが続いた。
「はい」エーアイが静かに頷く。
「当然です」レンが胸を張る。
「……やってやる」リリが唇を噛む。
「もちろん」フリギアが静かに言う。
ザウルが「マジっすよ、俺たち」と呟いた。
ヴァンハ・テラは、全員の顔を一人ずつ見た。
そして——かすかに、口の端を上げた。
「では——始めよう」
———
次の瞬間。
オーユバーラの天井が、開いた。
古い石造りの天井が左右に割れ、巨大な蒸気管が姿を現した。百年分の魔力が染み込んだ管が、ぎぎぎぎ、と音を立てながら——こちらを向いた。
「……あれ、なんですか」
レンが、天井を見上げながら言った。
「ロウリュシステムだ」
ヴァンハ・テラが、静かに言った。
「オーユバーラが——本気を出す」
「本気??」
「——来るぞ」
「え? 何が——」
「ジュワアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
天井から、蒸気が爆発した。
強烈な熱波が、頭上から降り注いだ。
「ギャァーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
全員が、同時に叫んだ。
熱い。
熱いという言葉では、全く足りない。
体の表面から内側まで、一瞬で焼き尽くされるような感覚。
毛穴という毛穴が強制的に開かされ、体中の何かが——外に押し出されていく。
「死ぬ!!死ぬ死ぬ死ぬ!!なんやこれ!!」テルメが叫ぶ。
「マジっすかこれ!!俺、溶けてる気がするっす!!」ザウルが叫ぶ。
「あつい!!あつすぎる!!」リリが叫ぶ。
「レン様!!大丈夫ですか!!」
「……ぐぐぐぐぐ」レンが歯を食いしばる。
フリギアだけが、静かに目を閉じていた。
炎使いとして、この熱さは——体に馴染むものがあるのかもしれない。
トントは、必死に耐えた。
脳外科医として、俺は体の限界を知っている。
深部体温が上がりすぎると、脳に影響が出る。判断力が落ちる。意識が遠くなる。
だが——これは、ただの熱さじゃない。
体の奥底から、何かが——溶け出していく感覚があった。
凝り固まった何かが。積み重なった何かが。
「——まだだ」
ヴァンハ・テラが言った瞬間——
「ガッシャーーーーーーーン!!!!」
天井から、巨大なバケツが降ってきた。
冷水が、全員の頭上から——一気に叩きつけられた。
「つめたああああああああああ!!!!」
「冷たい!!冷たすぎる!!なんやねんこれ!!」テルメが叫ぶ。
「心臓止まるっす!!マジで止まるっす!!」ザウルが叫ぶ。
熱波と冷水。
灼熱と氷水。
体が、混乱していた。
しかし——
「——次だ」
ヴァンハ・テラの声と同時に、床が——傾いた。
「え??」
「え????」
「ちょっと待って!!床が!!」
傾いた床が、そのまま——滑り台になった。
「うわああああああああ!!!!」
全員が、滑り落ちていった。
石造りの滑り台を、全速力で。
「速い!!速すぎる!!」
「キャーーーーーーーーーー!!!!」
「たのしい!!……じゃなくて!!怖い!!」
リリが叫んでいるのか笑っているのか、もう分からなかった。
そして——
全員が、広い空間に——滑り込んだ。
柔らかい草の上だった。
天井がなかった。
空が——あった。
雲の上の、整いスペース。
オーユバーラの中庭。
露天の休憩スペース。
眼下にはサイマ湖が光り、セルマの町が小さく見えた。空は、どこまでも青かった。
全員が、草の上に大の字で倒れ込んだ。
しばらく、誰も動かなかった。
誰も、何も言えなかった。
「……なんや、これ」
テルメが、空を見上げながら呟いた。
「これ——試練なんか??」
「アトラクションやんか、完全に」
ザウルが「ジェットコースターっすよ、これ」と呟く。
「……ジェットコースター」
レンが首を傾げる。「なんですか、それ」
「いや、こっちの話や」
風が吹いた。
体が、軽かった。
頭が——フワッとしていた。
熱波で全身が開かれ、冷水で引き締められ、風が——残った全てを空に返していく。
不思議な感覚だった。
体が地面に溶けていくような。空に浮いているような。
でも——確かに、ここにいる。
俺は、ここにいる。
「……あ」
トントの頭の中に、何かが——閃いた。
熱波で体を開く。冷水で引き締める。外気で整える。
これは——ただのアトラクションじゃない。
自律神経が、整っている。
交感神経と副交感神経が——完璧なバランスで切り替わった後の、あの感覚。
血管が拡張し、幸せホルモンが分泌され、脳が——クリアになっていく。
「テルメ」
「なんや」
「これが——整い(ととのい)だ」
テルメが、空を見上げたまま言った。
「……知ってるわ、そんなこと」
「違う」
俺は起き上がった。
「この施設——本物だ。百年前に、誰かが本気で設計した。
人が癒されるために。人が整うために。
サウナの力を——本当の意味で理解した人間が作った」
「……K・S」
エーアイが、静かに呟いた。
「ああ」
俺は、拳を握った。
この施設を作った人間が——ストレッシと手を組んだ。
人を救う知識を持ちながら——人を依存させることを選んだ。
「許せない」
その言葉が、口から出た瞬間——
オーユバーラが、揺れた。
「!!」
揺れではなかった。
何かが——侵入してきた。
空気が変わった。
思考が、重くなる。頭の中に、靄がかかる。考えようとすると——動けなくなる。
「なんだ、これ」
「……トントはん、体が」
「動かない」
全員が、その場で固まった。
靄の中から——それは現れた。
無機質な鎧兜。感情のない目。音もなく、気配もなく——ただ、そこにいた。
スタシス。
ストレッシの最強の部下が——オーユバーラに、降臨した。
(考えるな。考えれば——終わりだ)
声が、頭の中に直接響く。
「くそ——」
トントは動こうとした。しかし、考えた瞬間に——体が止まる。
「トントはん!!」テルメが叫ぼうとして——固まった。
「動けない——」リリが歯を食いしばる。
「考えれば考えるほど——」エーアイの声が途切れる。
これが——マインド・フリーズ。
思考そのものを、凍らせる力。
整いの絶頂の瞬間を——狙って来た。
「……卑怯だ」
スタシスが、ゆっくりと近づいてくる。
誰も、動けなかった。
その時——
「遅くなりました」
声が、空から降ってきた。
全員が、空を見上げた。
巨大な翼が、雲を割った。
オペッタ先生の精霊:ルウルが——空を切り裂くように降下してきた。
その背中に、二人の人影があった。
ダッフル校長と——トゥーリ・オペッタ先生。
白髪をなびかせながら、ダッフルが静かに言った。
「ふぉふぉ。間に合いましたね」
「校長!!」「オペッタ先生!!」
スタシスが——初めて、動きを止めた。
「さあ」
オペッタ先生が、静かに両手を上げた。
風が——集まり始めた。
「続きは——私たちが引き受けます」
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つづく
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