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第41話 番外編 ②  山田勝。 深夜0時のバックミラー


さて、番外編。

浪速の夜。マサルが覚醒する! なんてね。。


ては、蒸されましょう!






番外編。

深夜0時。


梅田の繁華街を、タクシーが流れていく。


ネオンが、雨に濡れた路面に滲んでいた。

どぎつい光が、汚い水たまりの中で揺れていた。


客がいない。


長渕剛の古い曲が、車内に低く流れていた。


山田勝は——ハンドルを指で叩きながら、小さく歌った。


誰も聞いていないから。


長渕に似ていない。


全然似ていない。


でも——気持ちよかった。


信号が赤になった。


止まった。


バックミラーに——自分の顔が映った。


五十歳。独り身。タクシー運転手。


……あの頃の俺は——何がしたかったんやろ。


記憶が——滲んできた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


二十代の頃だった。


梅田の路地裏にある、小さなライブハウス。


ステージに立った。


マイクを握った。


客席を見た。


——誰もいなかった。


椅子が、ガラガラに並んでいた。


端っこに、知り合いが一人だけいた。


気まずそうな顔をしていた。


来てくれただけ——ましや。


山田勝は——歌った。


誰も聞いていなくても、歌った。


声が、空っぽの客席に吸い込まれていった。


終わった。


拍手が——一人分だけ、鳴った。


知り合いだった。


「……よかったで、マサル」


「ありがとう」


それだけだった。


帰り道。


夜の梅田を一人で歩いた。


悔しくなかった。


悲しくもなかった。


ただ——なんでやろ、と思った。


こんなに好きなのに。


こんなに歌いたいのに。


なんで——誰も来てくれへんのやろ。


俺の歌、届かへんなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それから半年後。


レコード会社の審査室だった。


狭い部屋。


テーブルを挟んで、スーツを着た担当者が座っていた。


三十代くらいの男だった。表情がなかった。


「では、どうぞ」


山田勝は——マイクの前に立った。


息を吸った。


歌い始めた瞬間——


声が、震えた。


あかん。


頭が、真っ白になった。


練習してきた歌詞が——消えた。


体が、固まった。


歌え。歌えや、マサル。


でも——声が、出なかった。


担当者が、ペンを置いた。


「……また機会があれば」

立ち上がった。


それきりだった。


廊下に出た。


エレベーターを待ちながら——山田勝は、壁を見つめた。


泣かなかった。


泣けなかった。


ただ——胸の奥に、静かに何かが沈んでいった。


家に帰って、ギターを押入れにしまった。


「ふう。まあちょっと、休憩。やな。」


また、歌う時くるんかいな。


そんな事を思いながら、求人雑誌をめくってみた。


未経験大歓迎!! タクシー運転手 大募集!!


ふうん。 気楽にやれる仕事がいいかもな~~


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


信号が、青になった。


山田勝は——アクセルを踏んだ。


長渕剛が、また流れていた。

……ええ声やなぁ。

ほんまに、ええ声や。


ハンドルを叩きながら——また、小さく歌った。

誰も聞いていない。

でも——それでよかった。


今はもう——それでよかった。


その時。


「!!!」


歩道で手を上げた男がいた。


疲れ果てたスーツ姿だった。

ネクタイが緩んでいた。

目の下に隈があった。


車をすっと側道に寄せ、止まった。


男が乗り込んできた。


「……千日前のサウナまで」


「おおきに、千日前ですね」


走り出した。


車内に——長渕剛が流れていた。

男が、ダッシュボードに貼った切り抜きを見た。

古いコンサートのパンフレット。

長渕剛が、ギターを抱えて歌っている写真。


「……長渕、好きなんですか?」


「好きですわ。もう何十年も」


「……そうですか」


「えらい、お疲れですね~ なんかあったんですか?」


客の男は言った。

「ええ。今日、学会があったんですけどね。

私の論文が結構攻撃されたんですよ。」


「学会って、お医者さんですか。

 なんか、大変そうですね~」

また、静かになった。


長渕の声だけが、車内に流れていた。


道頓堀を越えた。

グリコの看板が、夜の川に映っていた。


男が——静かに言った。


「……運転手さん」


「はい」


「もしかして、歌、やられていましたか?」


山田勝は——ハンドルを握ったまま、止まった。


「……なんで、わかるんですか」


「医者だから。なんとなくですが。」


「……歌が、好きやったんですわ。昔」


「なぜやめたんですか」


「……怖うて」


一拍。


「笑われるのが——怖うて。歌えんようになったんですわ」


長渕剛が——車内で歌い続けていた。


男が静かに言った。


「俺も—過去にやらかした事があります」


「先生も?」


「ええ。人間だから」


千日前に着いた。


古びたサウナのネオンが、路地裏に灯っていた。


男が料金を払いながら——最後に言った。


「……歌、またやってください。」


「え」


「俺もーー頑張ってみますから。」


ドアが閉まった。


山田勝は——バックミラーを見た。


男の背中が、サウナの扉の向こうに消えていった。


……あの人、何やったんやろ。


長渕剛が——また、流れ始めた。


山田勝は、アクセルを踏んだ。


ハンドルを叩きながら——また、小さく歌った。


さっきより——少しだけ、大きな声で。


梅田の夜が——流れていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その夜の仕事が終わった後。


山田勝は——梅田のサウナに向かった。


梅田の繁華街を抜けて、路地を入ったところにある、サウナ。


かれこれ、10年近くも通っている場所だった。


番台のおばちゃんに会釈して、脱衣所へ。


ロッカーに荷物を押し込んで——体を洗った。


それからサウナ室へ。


木の扉を開けると、熱気が顔を包んだ。


先客が一人いた。


恰幅のいいおっさんだった。

六十代か、七十代か。でも——体つきは妙にがっしりしていた。

目を閉じて、壁に背をもたれていた。


山田勝は、端の段に腰を下ろした。


しばらく、二人とも黙っていた。


熱が、体に染み込んでくる。


肩の力が——少しずつ、抜けていく。


おっさんが目を開けた。


「なんや兄ちゃん。つまんなさそうな顔して。どうした?」


「……いや、色々嫌なことがあって」


「そうか。まあ——気にしたらあかんで」


「はあ」


おっさんが——サウナ室をぐるりと見渡した。


「おっちゃんもな。色んな仕事してきて、色んな奴に出会ってきた。

 けどな——結局、自分次第やからな」


「……まあ、わかってますけど」


おっさんが——静かに言った。


「兄ちゃん。サウナ見てみいな」


山田勝は、室内を見た。


客がでていき、今はオッサンと2人。


「みんな裸や。生まれたまんまのカッコで、汗かいてる。

 それだけやけど——それが全てや」


「……」


「水風呂入って、スカッとして、ビール飲んで、かーーっと寝るんや。それでOKや」


「寝たら——明日くるやろ?」


「……はあ。明日は——きますね、寝たら」


「せやろ。それでええんや」


おっさんが、目を閉じた。


「昨日のこと、明日のこと、色々考えんと——今を大事にし。

 自分を大事にするんやで、兄ちゃん」


山田勝は12分計をみた。


あれ。いつから入ったっけ。


いっつも、分からんくなるのよ。。


まあ、ええか。


自分で決めよ。時計に決められるんやない。


自分で決めて——全部やってきたんや。


クヨクヨしてたらあかん!!


「よっしゃーーーー!!」


山田勝は、サウナ室を飛び出した。


廊下を走って——水風呂へ。


ばっしゃーーーーん!!


「くわーーーーーーー!!

 気持ちeeeeeeeee!!」


冷たい水が——全身を包んだ。


頭の中が、真っ白になった。


ライブハウスの空っぽの客席も。

レコード会社の担当者の顔も。

押入れのギターも。

全部——どこかへ消えた。


外気浴。


脱衣所の前の椅子に座って、天井を見上げた。


体が——浮いているみたいだった。


よし。ビール飲も。


食堂に行き、瓶ビールを頼む。


幻の動物が描かれた、あのメーカーのやつ。


栓を開ける。コップに注ぎ。


一口飲んだ。


——うまっ。


苦味が、喉を落ちていく。


整った体に——ビールが、じわりと染み渡っていく。


やっぱ最高やな。。。。。


おっさんが、隣に腰を下ろした。


コップを追加でもらい、ビールを注ぐ。


「どや、兄ちゃん」


「……最高ですわ」


「せやろ」


二人で、しばらく黙って飲んだ。


それだけで——よかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


しばらくして。


梅田の大通りを流していると——


高層ビルが並ぶ交差点で、二人組が手を上げた。


乗せた。



走り出して——バックミラーを見た。


……え?


あの——おっさんやないか!!


思わず、声をかけた。

「あの——この前、サウナでお会いしませんでしたか?」


「おおお!!あの時の兄ちゃんやないか!!今日は——元気そうやんか!!」


「はい!!おかげさまで——あの日から、元気もりもりですわ!!」


「そうか!!ええこっちゃ!!」


「どちらまで?」


行き先を告げられた。


誰でも知っている——有名企業のビルだった。


なんや、このおっちゃん、えらいゴッツイ


企業と取引でもしてるんかいな?


そんなことを考えながら走っていると。


ビルの前に着いた。


出迎えの人間が、ずらりと並んでいた。


黒いスーツの列が——夜の街灯に照らされていた。


同乗していたもう一人が、静かに言った。


「会長——到着しました」


おっさんが言った。


「わかっとる。ワシのビルやからな。

 出迎えもいらんって言ったやろが——そ んな暇あったら、仕事せい!!」


……会長??


ワシのビル??


おっさんが降りながら、振り返った。


「ほな兄ちゃん。おおきに。また——サウナで会えたら、その時はよろしゅうな」


「は——はい!!」


タクシーのドアが閉まった。


出迎えの人間たちが、深々と頭を下げた。


おっさんが——手を振って歩いていった。


……サウナの中では、みんな裸。

みんな平等。


まさか——あんな大企業の会長さんやとは。。。。


山田勝は、大きな声で言った。


「ありがとうございます!!」


ビルは——もう、遠くなっていた。


長渕剛が——また、車内に流れ始めた。


山田勝は、ハンドルを叩きながら——小さく歌った。


誰も聞いていない。


でも——今夜は、少しだけ大きな声で。


梅田の夜が——流れていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夜勤明け。


サウナを出た。


空が、白み始めていた。


ビルの向こうから——朝日が、のぞいていた。


体が軽かった。


最近——また、歌い始めていた。


深夜のタクシーの中で。一人で。


でも——以前より、大きな声で。


山田勝は——歩きながら、歌った。


誰も聞いていない。


でも——気持ちよかった。


ええ朝やな。


今日も——走るか。


その瞬間。


世界が——白くなった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


テルメは——空を見上げながら、小さく歌っていた。


ザウルが言った。


「テルメさん——何歌ってるんっすか」


「……山田勝の歌や」


「マサルさんの歌...。どんな歌っすか」


「誰にも聞かせたことない歌や、未完成曲。ってやつやな。」


「聞きたいです! 聞かせてくれないっすか??」


テルメは——少し間を置いて。


「...せやなあ。 とっておきの時に披露するわ!」


「ええええ! もったいぶらないでくださいよ! 

 っていうか、自分でハードル上げてますよ!」


「おお。 まあ、 名曲の作曲中やから、期待しとき!」


テルメは遠くを見ながら、鼻歌を歌った~♬



ヴァロが——ぽわっと光った。


いつか——届ける。


今度は——ちゃんと。


番外編 了


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次回——ついに、オーユバーラが降臨する。


最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


皆さんと一緒に、大阪のサウナいきたいなぁ~~

いつか、いきましょ!


皆様にお願いがあります。

ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を、どこでも良いのでポチッとしてください!


皆様のポチッ。で、物語は続いてまいります!

夢想の最大のモチベーションになります!


次回もぜひお楽しみに。

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