第4話「噂が広がる——『あの蒸気、なんか気持ちいい』」
朝のアルカナ学院は、いつもより騒がしかった。
「ねえ聞いた? 落ちこぼれ寮に、なんかすごい部屋ができたって」
「蒸気が出るやつでしょ? 入ったら頭がすっきりするって」
「魔法なの? それとも薬?」
「違うって、サウナっていうらしいよ」
「サウナ……? なにそれ」
廊下でも、食堂でも、中庭でも。どこへ行っても同じ話題が飛び交っていた。
トントはその様子を食堂の隅で聞きながら、朝ごはんを食べていた。
思ったより、反響が早いなぁ。
隣でテルメが腕を組んで言った。「やっぱり整理券、配った方がええんちゃう?」
「まだ早い」
「でもこの調子やと今日中に——」
「テルメ」
「なに?」
「早くご飯食べてね。」
「……はい」
―――
その頃。アルカナ学院・優等生寮の三階。
レン・ラハティは窓の外を見ていた。
落ちこぼれ寮の入り口に、人だかりができている。昨日まで誰も近づかなかった、あの薄汚い寮の前に。
十人。二十人。いや、もっといる。
「……なに、あれ」レンは眉をひそめた。
面白くない。
何が面白くないのかと問われれば、うまく答えられない。ただ、面白くない。
ラハティ国の姫として、この学院で最高の魔力を持つ者と自負している。この私。そんな私の目から見て—あの落ちこぼれ寮の新入りが、なぜ注目を集めているのか、気になって仕方ない!
昨日の、あの蒸気。
名前のない魔法。試験官が「合格」と言ったときの、困惑した顔。レンはその場面を、何度か思い出していた。
「レン様」後ろから、小さな声がした。
振り返ると、キックルが上目遣いでこちらを見ていた。「……見に行ってみませんか」
「は?」
「あの、落ちこぼれ寮です。サウナと、いうものを作ったみたいですよ」
「行くわけないでしょう」
「でも気になりませんか」
「気になってない」
「レン様、朝から三回、あちらの方向を見てます」
「…………」
レンは窓から目を逸らした。
「見ていない」
「見てました」
「キックル」
「はい」
「余計なことは言わない方がよくってよ」
「はい。——でも、行きましょうよ」
レンはため息をついた。この妖精は、こういうとき妙に引かない。
「……偵察よ。あくまで偵察」
キックルの顔が、ぱっと輝いた。
「はい! 偵察です!」
なぜそんなに嬉しそうなのか。
レンは不機嫌な顔のまま、部屋を出た。
―――
落ちこぼれ寮の前は、すでに行列ができていた。
「なにこれ……」レンは人だかりを見て、思わず呟いた。
その時、列の前から声が聞こえた。
「はいはーい! 一回五分! 水風呂込みで十分やから! 次の人どうぞ!」
テルメが仕切っていた。整理券まで配り始めている。
あいつ、仕切ってる。でも、流れができてるな。
レンは水魔法の流れを構築する事が上手い。
そんなレンがみても、テルメがさばいている人の列は、上手く流れているように見えた。
レンは列を無視して、まっすぐ入り口へ向かった。
「ちょっと! 並んでや!」テルメが声をかけてくる。
レンは振り返らずに言った。
「ラハティ国の、レン・ラハティよ。列に並ぶ必要はないわ」
テルメが一瞬固まった。
「……姫様でも、番号札は必要ですわ」
「は?」
「ここはサウナです。姫様も平民も関係おまへん。みんな平等に汗かきますねん」
レンの目が、細くなった。
「……あなた、私に指図するの?」
「指図やないですわ。ルールです」
テルメはにこっと笑って、整理券を差し出した。
「——十七番です、姫様」
レンは整理券を見た。キックルがそっと小声で言った。
「……受け取った方がいいと思います」
「……」
レンは整理券を
ひったくるように受け取った。
「覚えておきなさい」
「はいはい〜、毎度おおきに。ありがとうございます~~」
テルメはにっこりしたまま、次の客の対応に戻った。
キックルが小声で言った。
「……あの方、強いですね、魔力とかではなく、人として。。。」
「うるさいわよ、キックル!」
―――
寮の風呂場に入ると、トントがいた。壁にもたれて、
腕を組みながら考え事をしている
(このサウナの動線、改善できないかなぁ。 もっと、整うには。。 どうすれば、、、)
元医師として、この世界でできる最善の方法を考えて。。。。
真面目だな。。 真面目過ぎる。。。(だれかの声)
レンはトントをまっすぐ見た。
「昨日の子ね」
「そうだ。」
「これが、あなたの作ったサウナ?」
「皆んなで作ったんだ。」
トントは小さなサウナ室の扉を開けた。中から、じわりと熱気が漏れてくる。
レンはその熱を肌で感じて——少し目を細めた。
「……ラハティ国は雨が多く、蒸した気候だ。
真夏の熱気は知っている。でも、これは——」
「高湿だ。蒸気を含んだ熱。体への浸透が違う」
「……説明しなくていい。自分で確かめるわ」
「どうぞ」
レンは扉の前に立った。上段のベンチ。下段のベンチ。薪ストーブの上で熱を帯びたサウナストーン。じんわりと漂う白い蒸気。
「……入り方は?」
トントは手順を説明した。ベンチに座る時間。水をかけるタイミング。出た後の水風呂。
レンは黙って聞いていた。
「以上だ。あとは体で覚える」
「……ふん」
レンはサウナ室に入った。扉が、静かに閉まった。
―――
廊下でキックルが、そわそわしながら待っていた。
トントが出てきたので、キックルは小声で言った。
「あの……」
「どうしたの??」
「サウナ、私も……入っていいですか」
「もちろんよ、是非試してみて」
キックルは少し躊躇してから、言った。
「実は……前から気になっていたんです。レン様に言えなかっただけで」
「なぜ言えなかった」
「レン様は、熱いお風呂が苦手で。だから、私もずっと我慢していて」
「キックル」
「はい」
「サウナをどこかで見たことがあるの?」
キックルは一瞬、固まった。
「……なんで、そう思うんですか」
「最初に試験会場で会った時から、あなたの目が違った。蒸気を見たときの、表情とかね。」
キックルは黙った。長い沈黙の後、小さく言った。
「……夢で、見たことがあります。誰かが、蒸気の中に座っていて
——すごく、穏やかな顔をしていて」
「その誰かに、心当たりは」
「……わかりません。でも、知っている気がして」
キックルはそれだけ言って、視線を落とした。トントは何も言わなかった。
翔太。
その名前が、脳裏をよぎった。
―――
十分後。サウナ室の扉が開いた。レンが出てきた。
顔が、少し赤い。髪が、少し乱れている。いつもの完璧に整った姿とは少し違う。
テルメが外から覗き込んだ。
「——どやった? 姫様」
「……」
レンは答えなかった。まっすぐ水風呂の桶へ歩いていって——足を浸けた。
「っ……」
小さく息を飲んだ。それでも出ていかない。
テルメがリリに小声で言った。
「……あの姫様、さっきと雰囲気全然ちゃうな」
「なんか、柔らかくなったよね」
とリリが言った。
一分後。レンは壁にもたれた。誰も喋らなかった。
三分が経った。キックルがそっと隣に座った。
「……レン様、顔が赤いですよ」
「……うるさい」
「気持ちよかったですか」
「……聞くな」
「教えてくださいよ~」
「……聞くなと言っている」
キックルはにこっと笑った。
テルメはその様子を遠目に見ながら、トントに小声で言った。
「……さっきはあんなに偉そうやったのに」
「整ったからだ」
「姫様でも、平民でも、おんなじやな」
「そう。サウナに入れば——みんな平等だ」
テルメはしばらく黙った。それから、静かに言った。
「……それ、ええな。サウナに入れば、みんな平等」
「そうだ」
「番号札渡してよかったわ」
「そうだな」
テルメはにやっと笑った。
「ウチ、正解やったやん」
「ああ、テルメのやった事、素晴らしいよ。」
―――
その夜、学院の屋根の上。一つの影が、落ちこぼれ寮を見下ろしていた。
黒いローブ。顔は見えない。ただ、その目だけが——暗闇の中で光っていた。
手元のデバイスに、何かを記録している。
「……サウナ、か」低い声が、風にまぎれた。
「ストレスを消す。不快を癒す。孤独を埋める——」影は立ち上がった。
「……面白くない。実に、面白くない」
それだけ言って、闇の中に消えた。
魔王軍の斥候——ノイズの、最初の観測記録だった。
―――
【次話予告】第5話「魔法の授業、でも結果はサウナ——そして体育祭のお知らせ」
皆様、Nauraa Vesiです。
ベシさんと呼んでください。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
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次回もぜひお楽しみに。




