表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/52

第25話「怒りは悲しみの仮面。慈しみの涙」

怒っちゃダメ!


って言っても、止まらない!





降りてきた。


四つの影のうち——最初に動いたのは、赤い髪の女だった。


炎を纏っていた。


着地した瞬間——校庭の地面が、溶けた。


ただの熱じゃない。


怒りそのものが、物理的な質量を持っていた。


「……笑うな」


女が言った。


低い声だった。


「その清らかな瞳で——私を見るな」


誰も笑っていなかった。


でも——女には、そう見えていた。


「全部——焼き尽くしてやる!!」


咆哮と共に——巨大な火柱が、全方向に飛び散った。


校舎の窓が割れた。


木が燃えた。


生徒たちが——逃げ惑った。


テルメが叫んだ。


「めちゃくちゃ怒ってるやん!!なんで!!」


ザウルが静かに言った。

「……でも」


「でも?」


「……泣いてる顔に、見えるっすよ」


全員が——イラを見た。


確かに。


怒りの顔の奥に——何かが、滲んでいた。



トントが静かに言った。


「……見ろ」

「イラの瞳——瞳孔が、開いている。

 アドレナリンが暴走している。でも——同時に、コルチゾールも異常に高い」


「コルチゾール?」


「慢性的なストレスホルモンだ。

 短期的な怒りじゃない。長い間——ずっと苦しんでいた証拠だ。

 脳の扁桃体が——恐怖と怒りを、ずっと同時に処理し続けてきた。そういう人間の顔だ」



テルメ「全くわからんかったわ」


ザウル「俺もっすよ」


トント「……要するに、ずっと泣きたかったのに——泣けなかった人間の顔だ」


全員が黙った。


ザウルが静かに言った。


「……トントさん、それ——かなり重い言葉っすよ」


「……そうだな」


テルメが言った。


「……なんか、かわいそうやな」


誰も否定しなかった。



「私が行く」


レンが静かに言った。


「なぜお前が」トントが言った。


レンは——キックルを見た。


キックルが、青白く輝いていた。


「……水は、怒りを鎮める。それは単なる温度の話じゃない」


「怒りは——熱を持っている。

 その熱を、水が受け取る。水が——その痛みを、一緒に運ぶ」


「レン様」キックルが静かに言った。

「……行きましょう」

「ええ」

レンが——前に出た。


タイカ先生が静かに言った。

「……そうじゃないんですよね〜。これは——技術じゃなくて、心の問題なんですよ。わかります?」


ザウルが言った。

「先生、今回は——合ってますよ」




「行くわよ、キックル!!」


レンが地を蹴った。


イラの放つ爆炎の渦が——正面から迫る。


逃げない。


真っ向から突進した。


「キックル——上下に!!」


「はい!!」


キックルが——爆発的に輝いた。


頭上に——巨大な水の輪が出現した。


足元に——底なしの泉のような水の輪が出現した。


二つの環が——イラの周囲で超高速旋回を始める。


「サウナ術式——上下双環の水檻!!」


上から降り注ぐ激しい水。


下から湧き上がる奔流。


二つが合わさって——逃げ場のない水の筒が、イラを封じた。


「……なっ!!」


イラが暴れた。


炎を放った。


でも——水の圧力が、全てを消していく。


トントが腕を組んだ。


「完璧な包囲だ。上から水が降り注いで——下から水が上がってくる。

 体感温度が一気に下がる。アドレナリンの暴走が——止まり始める」


テルメ「全くわからんかったわ」


ザウル「俺もっすよ」


トント「……要するに、全方向から水風呂に包まれた状態だ」


テルメ「最初からそれ言うて!!でも——なんか、めちゃくちゃかっこいいな!!」


ザウルが静かに言った。


「レン様——強くなりましたよね」


「そうだな」


「ラハティで、変わりましたよね」


「……そうだな」



水の檻の中で——イラが叫んだ。


「……なぜだ!!なぜ消えない!!私の怒りが——!!」


その叫びが——少し、かすれていた。


キックルが——静かに、水檻の中へと入り込んだ。


「キックル!!」レンが叫んだ。


「……大丈夫です、レン様」


キックルはイラの目を見た。


小さな水の妖精が——大きな怒りの化身と、向き合った。


「……この人、ずっと泣いてます」


キックルが静かに言った。


「怒りの顔をしてるけど——心の中が、ずっと痛いって言ってます」


「やめろ!!」


「水は——記憶を運びます。この人の水の記憶が——見えます」


「見るな!!」


「……ずっと、一人だった」


キックルの声が——震えた。


「誰にも気づいてもらえなかった。

 だから——怒るしかなかった。怒っていないと——自分が壊れそうだったから」


「やめ——」


「あなたが一人だったんじゃない」


キックルが——静かに言った。


「一人だと——思い込んでいただけです」


その瞬間。


キックルの目から——一粒の涙が落ちた。


光っていた。


攻撃でも治療でもない。


魂が——共鳴して、生まれた涙だった。


その一滴が——イラの額に触れた瞬間。


怒りの防壁が——音を立てて、崩れた。



レンが——ゆっくりと歩み寄った。


水檻を解いた。


膝をついた。


目線を合わせた。


イラが——力なく、地面に膝をついていた。


顔を覆って——震えていた。


レンは——その肩を、静かに抱きしめた。


「……その怒り」


レンが静かに言った。


「——本当は、悲しかっただけだろ」


沈黙。


イラの体が——止まった。


次の瞬間——


目から、涙が溢れた。


止めようとした。


でも——止められなかった。


「……そうよ」


イラが言った。


「……ただ、寒かったの。独りで。怖かったの」


「……知ってる」


「なぜ——なぜ、あなたにわかるの」


レンは——キックルを見た。


キックルが静かに光った。


「私も——同じだったから」


「嘘よ。あなたは姫じゃない——」


「姫でも——孤独になる」


レンが静かに言った。


「怒りで——仮面を作っていた。近づかれたくなくて。傷つきたくなくて。でも——」


「でも?」


「……仲間が、剥がしてくれた」


イラの涙が——止まらなかった。


子供のように——泣いていた。




トントが静かに言った。


「……今、イラの体の中で何が起きているか」


「βエンドルフィンが分泌されている。

 長年抑圧されていた感情が——一気に解放された。

 コルチゾールが急激に下がっている。

 血管が広がっていく。全身が——緩んでいく。

 脳の扁桃体が——初めて、安心の信号を出している」


テルメ「全くわからんかったわ」


ザウル「俺もっすよ」


トント「……要するに、長年溜め込んでいた怒りが——今、溶けた」


テルメが——また、泣いていた。


「なんで泣いてるんっすか」ザウルが言った。


「うるさい!!感動したら泣くのは当然やろ!!」


イラが——初めて、笑った。


テルメの叫び声を聞いて——思わず、笑った。


「……あなたたち、変わっているのね」


「変わってるで!!でも——それがウチらやねん!!」


「……ありがとう、お姫様」


「……名前はレン」


「……レン。次は——暖かいお湯の中で、また会いましょう」


白い光になって——消えていった。




静寂が戻った。


本物の静寂が。


トントは——何も言わなかった。


ただ、レンの背中を見ていた。


……強くなったな。


ラハティで——故郷を守った。


ここで——誰かの心を解かした。

それは——医者にはできない仕事だ。

俺は脳外科医だ。

メスで切って、縫い合わせることはできる。


でも——キックルの涙は、出せない。


レンの言葉は、言えない。


「……トントさん」ザウルが言った。


「なに」


「今——かっこいいわけじゃないのに、なんかかっこいいっすよ」


「……どういう意味だ」


「師匠みたいっすよ。レン様のこと——誇らしそうに見てるっすよ」


テルメが叫んだ。

「顔が緩んでるもん!!かわいいやん!!」


「……熱いからだ」


「外に出てるっすよ、今」ザウルが言った。


「……うるさい」




頭上に——まだ、三つの影。


動かない。


喋らない。


ただ——見下ろしている。


「……まだ三つ残っている」


トントは静かに言った。


一人、摘出した。


でも——まだ三つの腫瘍が残っている。


脳外科医の仕事は——まだ終わらない。


タイカ先生が静かに言った。


「……そうじゃないんですよね〜。次は——少し、違う相手ですよ。わかります?」


「どう違うんですか」


「……孤独という不快は——怒りより、ずっと静かなんですよ」


「孤独の不快——ソリス」


「そうです。わかります?」


ザウルが言った。


「……タイカ先生、今回は情報が多いっすね」


「……タイミングというものがあるんですよね〜」


全員が——空を見上げた。


三つの影が——静かに、揺れていた。


最も存在感がない影が——


ゆっくりと、降りてくる。



第25話 了

◆次話予告/第26話「存在しない影——孤独という名の不快」

次に降りてきたのは——影だった。

文字通り、影のような男。

誰も気づかない。

誰も見えない。

ただ——存在している。

「……俺が見えるか?」

エーアイが——その影を、静かに見た。

「見えます」

「……なぜ」

「私も——同じだったから」




最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


皆様にお願いがあります。

ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】を、どこでも良いのでポチッとしてください!


皆様のポチッ。で、物語は続いてまいります!

夢想の最大のモチベーションになります!


次回もぜひお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ