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第19話「霧の向こうに、湯気がある」

皆様

ベシさんです。

いつもありがとうございます。


便利な世の中ですが、大事な物は心の中にあります!

一人でそっと、懐かしむ。 皆で共有するも良し。


心の落ち着くままに。


では!




ダッフル校長が、荷物を持った生徒たちの前に、ふらりと現れた。


いつも通りだった。


飄々として、掴みどころがなくて、どこを見ているのかわからない目をしている。


「修学旅行、楽しみですか?皆さん。」


「はい!!」リリが真っ先に手を挙げた。


「色んな所いけそうやし、楽しみです!」テルメが張り切って言った。


「……」トントは答えなかった。


校長は、特に気にした様子もなく続けた。


「修学旅行というのはですね。」


誰かが聞いたわけでもないのに、語り始めた。


「学ぶために旅をする——と書く。では何を学ぶか」


テルメが「サウナ文化とか、美味しい物食べたりとかとちゃいますの?」と言った。


「惜しい」


校長は空を見た。


どこでもない場所を、見た。


「失われたものを——知ることなんですよ」


誰も、笑わなかった。


「今あるものは、学ばなくても見えますよね。

触れなくても感じる。だが——失われたものは違う。

自分から、その場所へ行かなければ、永遠に存在しなかったことになる」


レンが「……失われたものを、知って、どうするんですか」と聞いた。


校長が、レンを優しいまなざしで見た。


「それを、自分で考えるのが——修学旅行なんですよ。」


それだけ言って、踵を返した。


「気をつけて、行ってください。何か、持ち帰れるはずです。」


何を、とは言わなかった。


その背中を見送りながら——トントは、校長の目が一瞬だけ遠くなったことに気づいていた。


どこかを——見ていた。


懐かしいような。痛いような。


……手術で患者を失った夜の、自分の目だ。


「……校長」


声をかけようとして、やめた。


背中が、遠くなっていた。


馬車の中は、出発前の興奮でわちゃわちゃしていた。



リリがファビラで座席を温めようとして、

テルメに「あっつい!!」と怒られ、エーアイが静かに防熱シートを生成して仲裁し、

レンがキックルに毛布を巻いてやっている。



「修学旅行って、こんなに騒がしいものなのか」


トントは窓に額をつけて、ぼんやり木々を眺めていた。


人生で何度目かの修学旅行だな。


前世は京都にも行ったな。班行動で迷子になって、一人で金閣寺を見た。


あの時の俺は——孤独を「効率的だ」と言い聞かせていた。


今は——うるさくて、暑くて、騒がしい。悪くない。



「ねえねえトント、ねえってば!!」


横からレンが身を乗り出してきた。


銀色の髪が揺れて、キックルがバランスを崩しそうになっていた。


「なに」


「ラップーランドってどんなとこだと思う?

タイカ先生が行ったことあるって言ってた。

星がきれいで、サウナがあって、湖がたくさんあって——」


「サウナはあった、そうだな」


トントは静かに訂正した。


「過去形だ。百年前にオーユバーラが封印されてから、

 ラップーランドのサウナ文化は根絶やしになった」


レンが口をつぐんだ。


キックルが、ふわりとレンの肩に乗り直す。


小さな水の妖精は、何も言わなかった。


でも——その表情が、暗かった。


……キックル、お前はラップーランドのことを知っているのか。


聞こうとして、やめた。


馬車が揺れた。


テルメが「それにしても、寒いなあここ!!雪も降らへんのになんでこんな寒いんや!!」

と毛皮のコートにくるまって叫んでいた。


「それが問題なんだよ」


トントは空を見上げた。


灰色だった。

重い。

淀んでいる。

これは物理的な寒さじゃない。

停滞だ。

魂の壊死だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


馬車を降りると——村が見えた。

正確には、かつて村だったものがある。


石造りの建物。割れた窓。枯れた畑。


誰も笑っていない。誰も話していない。


静かだった。


死んだように——静かだった。


道の真ん中に、一人の女の子が座っていた。


十歳くらい。

青い瞳。

やせた頬。


虚無を形にしたような目でこちらを見上げていた。

レンがしゃがんで、目線を合わせた。


「ねえ、大丈夫?ここで何してるの」


女の子は答えなかった。

しばらく黙って、それからぽつりと言った。


「……お湯が、熱が。ないの」


トントの体が、止まった。


「前は、丘の上に煙が出てた。蒸気が出てた。

 みんな笑ってた。今は煙が出ない。誰も笑わない」


レンが、トントを見た。

トントも、レンを見た。


キックルが、静かに水色の光を滲ませた。

「丘の上に、何があったの」

トントは女の子に聞いた。


女の子は指を指した。


村の外れ。針葉樹の森を抜けた先。小高い丘の上。

石の土台だけが残っていた。

かつてそこに建物があったのだろう。

今は、草が生えて、土に戻りかけていた。


土台に、小さな文字が刻まれていた。


風化して読みにくい。でもなんとか判別できた。

「——サウル、ここに眠る」


ザウルが——トントの背中でそっと風を揺らした。

……なあ、ザウル。ここはお前の古里なのか?

答えはなかった。

でも——風が、もう一度だけ吹いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


広場に、老いた町長が待っていた。

震える手で杖をつきながら、一行を迎えた。


「アルカナ魔法学校の皆様、ようこそ……ラップーランドへ。何のおもてなしもできませぬが」


「町長」


トントは静かに言った。


「この村に何があったのか——教えてください」


町長の目が、暗くなった。


長い沈黙の後——


「衰退したのではありません」


町長の声が、震えた。


「……奪われたんです」


全員が、静まり返った。


「百年前——ストレッシの軍団が来ました。

 整いの力を持つ者を——一人残らず、封じた。

 精霊を追い払い、サウナを壊し、笑い声を奪った」


「……なぜ」


「整った人間は——ストレッシの不快に、屈しないからです」


トントが——静かに拳を握った。


……そうか。ストレッシは怖かったんだ。


整いを。笑顔を。繋がりを。


だから——根こそぎ奪った。


「村人たちは抵抗したのですか?」


「しました。でも——精霊が消えた後は、誰も戦えなかった」


町長の瞳に、かすかな熱が宿った。


「昔……わしが子供の頃までは、ここには『生命の煙』が立ち昇っておりました。

特に——巨大な石造りの小屋で薪を何時間も焼き、室内を燻す『スモークサウナ』。

あの黒い壁から漏れ出す芳醇な木の香りと、肌を包む柔らかな熱。

人々はそこで汗を流し、冷たい湖に飛び込み、焚き火を囲んで笑い合っておりました」


テルメが小声でトントに言った。


「……なんか、泣けてくるな」

「最後まで聞こう...。」


「煙が出てた頃は——村に、音があった」


「音?」


「笑い声。喧嘩の声。泣き声。全部あった。今は——静かすぎる」


町長は杖を強く握った。


「……サウルも、その戦いで」


「そうです。風の精霊サウルが最後まで戦って——消えました。

サウルが消えた時——この地から風も消えた。それから百年、誰も笑わなくなった」


風が——ない。


ずっと感じていた違和感の正体が、わかった。

この村には——風がない。

ザウルが、トントの肩で静かに震えていた。


……ザウル。

お前のせいじゃない。でも——お前は、ずっとここを感じていたのか。


「……スモークサウナの記録は、残っていますか」


トントが聞いた。

町長が首を振りかけた。


その時——


「……ある、かもしれない」


低い声がした。

全員が振り返った。


広場の端に——一人の青年が立っていた。


背が高くて、手が大きくて、木くずだらけだった。


静かな目をしていた。


まるで——長い間、一人で何かを抱えてきたような目だった。

町長が静かに言った。


「……ティンペリじゃ。この村の大工だ」


「何か知っているのか?」


ティンペリは黙っていた。


それから——傷だらけの手を見た。


「ひいひいじいさんが——百年前、旅の大工だった。

この村に住み着いた。スモークサウナを作った。その子孫が——俺だ」


「……復活させようとした。とか?」


「何度も。でも——わからなかった」


ティンペリの声が、少しだけ低くなった。


「木材の選び方は、父から聞いた。石の積み方も。

丸太の隙間から自然に風が入る構造も。でも——設計図がない。

なぜその角度にしたのか。なぜその丸太の配置にしたのか。何も残っていなくて」


エーアイが——ティンペリの手を、静かに見た。

傷だらけだった。

何度も試みた痕跡が、手のひら全体に刻まれていた。


「……史料館に、何か残っているかもしれない」


ティンペリが、村の外れにある半壊した建物を見た。


「子供の頃から何度も入った。でも——一人では、見つけられなかった」


「一緒に——探しましょうか?」


エーアイが静かに言った。


ティンペリは——エーアイを見た。

少し、驚いたような顔をした。

それから——小さく頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


史料館の中は、百年間の埃に沈んでいた。


カビの匂い。崩れかけた棚。割れた窓から差し込む灰色の光。


シルヴァが——エーアイの肩でそっと光った。


木の精霊が、古い木材の匂いを感じていた。


エーアイとティンペリが並んで棚を漁り始めた。


言葉がなかった。


でも——不思議と、息が合っていた。


ティンペリが棚の一角を探す。

エーアイも書籍を手に取り確認していく。

ティンペリが重い箱をずらす。

エーアイがその中身を丁寧に広げる。


誰も喋らないのに、作業が淀みなく続いていった。


リリが外からこっそり覗いて、テルメに小声で言った。


「……なんか、いい感じじゃない?息ぴったり!」


「ウチも思ってた!!」


「しっ!!」


棚の奥の——さらに奥。


埃をかぶった木箱の底に。


折り畳まれた羊皮紙が、一枚だけあった。


ティンペリの手が——止まった。


「……あった」


羊皮紙を、ゆっくりと広げた。


古い文字で、細かく書かれた設計図。


端が焼け焦げていた。水で滲んだ跡もあった。


百年間——ここで、静かに眠っていた。

エーアイが設計図を見た。


「……生成できます」


「……できるのか」


「はい。寸法を読めば——完璧に再現できます」


ティンペリが黙った。


エーアイが——設計図の端に目を止めた。

何度も書き直した跡があった。


「……でも」

エーアイが静かに言った。

「この跡は——迷いです」


「……迷い?」


「ひいひいじいさんが、なぜここを迷ったのか。わからない。」

ティンペリが、設計図をそっと撫でた。


「……そして、俺にも、わからない。なぜこの角度にしたのか。

なぜこの丸太の配置にしたのか。でも——」


「でも?」


「迷いながらでも完成させた事は——わかる。何度も、何度も考えて、

それでもここに辿り着いた。その痕跡だけは、残っている」


エーアイは——傷跡を、もう一度見た。


……そうだ。完璧に作ることが、復元じゃない。


迷いながら作ることが——本物の復元なんだ。


「……わかりました」


「何が」


「完璧には、作りません」


ティンペリが——初めて、目を丸くした。


「迷いながら——作ります。あなたの、ひいひいじいさんが迷ったように。

 それが——本物の復元です」


ティンペリは黙っていた。

それから——ゆっくりと、口角を上げた。


言葉はなかった。

でも——それで、十分だった。


シルヴァが、エーアイの肩で静かに葉を揺らした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


全員が丘に集まった。


トントが設計図を手に取った。


前世の知識と、サウナの工学と、百年前の羊皮紙を——脳内で統合した。


スモークサウナの原理は単純だ。


煙突がない。密閉した空間に大量の薪を焚いて、石を加熱する。


煙が室内に充満して、壁と石を黒く燻す。


その後、煙を外に出して——あの柔らかな、深い熱が生まれる。


丸太の隙間から自然に空気が入る。煙突はいらない。


だから——室内は煤だらけになる。壁を触ると真っ黒になる。


それでいい。それが——本物だ。


「ティンペリ」

「なに」

「木材は何を使う」

「トウヒだ。密度が高い。丸太のままで使う」

「石は」

「川底の玄武岩だ。蓄熱性が高くて、割れにくい。父から聞いた」

「薪を焚く時間は」

「八時間だ。それだけ焚いて——石を芯まで温める」


トントが頷いた。

「ロウリュは——焚き終わった後だ。水をストーンにかけて、煙とすすを外に追い出す。それから入る」


「伝え聞いている。」ティンペリが静かに言った。「でも——やったことはない」


「一緒にやろう」


「……ああ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その瞬間。

空気が——変わった。

黒い。

重い。

冷たい何かが——丘全体に、じわりと滲んできた。


「……何??」リリが足を止めた。


テルメのナビゲーターが——激しく反応した。


「……トントはん!!これ、ストレッシ系の魔素や!!」


「わかってる」


黒い霧が——土台の周りに凝集し始めた。


村の地面に染み込んでいた残滓が——


整いの気配に反応して、目を覚ました。


低く。重く。冷たく。


声が聞こえた気がした。


……整いを、許さない。


「来るぞ!!」


トントが叫んだ。


黒い霧が——形を持ち始めた。


人の形をした、黒い影。


五つ。十。それ以上。


百年間、この村の地面に眠っていた不快の残滓が——一斉に目覚めた。



「リリ!!ファビラ!!」


「はい!!」


「エーアイ!!シルヴァ!!」


「……わかりました!!」


「レン!!キックル!!」


「やるわ!!」


精霊たちが——一斉に光った。

その時。


ティンペリが——前に出た。



「お前、何を——」


「じいさんが作ったサウナを——復活させる!」


低い声だった。


手に——ノミと木槌を握っていた。


武器じゃない。大工の道具だ。

でも——その目が、燃えていた。


「下がれ。素人が出る場面じゃ——」


「俺は、この村の大工だ」


ティンペリは振り返らなかった。


「百年間、誰もこの土台を守れなかった。俺が——守る」


トントは黙った。

それ以上、何も言えなかった。



バトルが——始まった。



リリのファビラが黒い影を焼く。

エーアイのシルヴァが木の根を張り、影の動きを封じる。

レンのキックルが水の壁を作り、影の攻撃から皆を守る。

テルメがナビゲーターで残滓の位置を叫び続ける。


「右!!三体!!」


「後ろ!!来るで!!」


「上!!上に来てる!!」


でも——残滓の数が、多すぎた。

百年分の不快が——一度に溢れ出していた。


「……きりがない!!」リリが叫んだ。


「数が多すぎます!!」エーアイが言った。


黒い影の一体が——土台に向かって突進した。


「土台が!!」


ティンペリが——木槌で叩き払った。


でも、次の影が来る。


また叩く。また来る。


「ティンペリ!!」


その瞬間。


土台の石が——割れた。


ぱきっ、という音がした。


全員が、止まった。


割れた石の下から——


何かが、光っていた。


黒く煤けた、古い木のラドル。


百年間——石の下で、眠っていた。


トントが——手を伸ばした。


……温かい。


ラドルを、手に取った。


重かった。


でも——手に、馴染んだ。


まるで——ずっと待っていたかのように。


その瞬間。ラドルが激しく光り、煤が散っていく。

ラドルがトントの手の中で、復活した。


そして。

ザウルが覚醒した。


トントの肩から飛び出して、光の柱になった。


風が——吹いた。


百年ぶりの風が。


サウルの記憶を持った風が。


黒い影たちが——その風に、吹き飛ばされた。


残滓が、霧散していく。


一体、また一体。


最後の影が——消えた。


静寂が、戻った。


ザウルが——ゆっくりと、トントの肩に戻ってきた。


全員が、息を切らしていた。


「……ザウル」


トントが静かに言った。


「よくやった」


ザウルが——輝いた。


それから。




「うわーーーっ!!復活!!マジ復活っすよ!!やばくないっすか!!」




全員が固まった........。



「え!!!」


「ザウルが喋りよったで!!!」テルメが叫んだ。


「喋りますよ!ってか俺ずっと喋りたかったんすよ!!言いたいこと溜まりすぎてて!!」


「なんで今まで黙ってたん!!」


「記憶が覚醒したんですよ!!ようやく、話せるようになりましたよ!!」


トントが静かに言った。


「……ずっと、見てたのか」


「見てましたよ!!全部!!テルメさんのボケも全部聞いてましたよ!!」


「え!!全部??」


「全部っす。正直スベってること多かったっすよ」


「精霊に言われたくないわ!!」


その時。


ザウルが——ラドルを見た。


声が、少し変わった。


「……久しぶりだな、相棒」


静かだった。


一秒だけ。


でも——全員が、その重さを感じた。


風が——また、吹いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夕方から——作業が始まった。


ティンペリが丸太を組む。

エーアイが生成魔法で足りない木材を補う。

リリとファビラが薪に火をつける。

レンとキックルが石を洗い清める。

テルメが村人たちを呼び集める。


村の老人が——最初は遠巻きに見ていた。

でも——少しずつ、近づいてきた。


「……手伝っていいかの」


「もちろんだ」


子供も言った。

「ぼくも!!」


「頼む」


夜になっても——作業は続いた。


焚き火を灯しながら

村人と一緒に作業を続けてる。


テルメが村のおじいさんに聞いた。


「昔のサウナって、どんなんでしたか」


老人が目を輝かせた。


「毎晩、村中が集まってな。汗かいて、笑って——翌日の仕事の話して」


「……楽しかったんやな」


「ああ。サウナがあった頃は——みんな、顔が明るかった」


テルメが——ヴァロを見た。


ヴァロが、静かに輝いた。


……サウナは、村の心臓だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

深夜。


トントは一人、碑文の前に立っていた。


「——サウル、ここに眠る」


ザウルが——トントの肩で、静かに揺れた。

……失われたもの。

俺が失ったのは——翔太だ。


あの夜。手術台の上で。

俺のメスが——あの子の未来を奪った。

でも——今俺がやっていることは、失われたものを取り戻すことだ。


この村のサウナを。この村の笑顔を。

それが——翔太への、俺なりの答えかもしれない。



足音がした。

キックルだった。

「……トント」


「なに」


「……ザウルは、サウルの欠片から生まれました。消えた精霊の——残り火から」


「みたいだね。」


「……でも」


キックルの目が、揺れた。


「風は——全ての記憶を運びます。この村には——百年前の記憶が、まだ残っていました」


「……何が残っていた」


「サウルが最後まで戦っていた記憶。

この村の人たちが笑っていた記憶。スモークサウナの煙が上がっていた記憶」


キックルが、静かに言った。


「……百年間、誰も来なかった。でも——ずっと覚えていました」


トントは空を見上げた。

星が、輝いていた。


……翔太。

お前も——どこかにいるのか。


俺が失ったものは——本当に、失われたのか。


それとも——どこかで、ただ眠っているだけなのか。


その時。


「……あれ、なんっすか」

ザウルが言った。


全員が空を見上げた。


星空に——柄杓の形をした、七つの星。


「北斗七星だ」とトントが言った。


「でも……あの隣の星座、見たことないっすよ」


ザウルが指した先に——もう一つの星座があった。


柄杓に似た形。でも少し違う。


「……あれは」


町長が、震える声で言った。


「……百年前から、あそこにあります。名前は——誰も知らない」


全員が、黙った。


ザウルが——静かに言った。

「……ラドル座っすよ」


「なんで知ってるんだ」とトントが言った。


「なんとなくっすよ。でも——絶対そうっす」


テルメが叫んだ。

「ラドル座!!それやん!!ぴったりやん!!」


トントが静かに言った。

「……あの星座の中心にある一番明るい星——ポラリスだ。

北極星。あの星に向かってまっすぐ北に進むと——ノースランドに辿り着く」


「ノースランドって、氷の女王の国っすよね」とザウルが言った。


「そうだ。そしてさらにポホメリ王国がある」


「……ラドル座が、行き先を示してるんすね」


「サウルが——道を残してくれたのかもしれない」


ザウルが、空を見上げた。


その光が——北の方向に向かって、静かに揺れた。


「……百年前も、あの星は同じ場所にあったんかな」とテルメが言った。


「そうだ」


「……サウルも、この星見てたんかな」


誰も答えなかった。


でも——ザウルの光が、一度だけ、強く輝いた。


その時。

「あ!!」リリが叫んだ。

空に——緑の光が揺れていた。


カーテンのように。波のように。


オーロラだった。

「うわーーー!!」テルメが立ち上がった。


「素晴らしeeeeeeeeeee!!じゃなくて!!これ別の言葉が必要やわ!!」


「……言葉、いらない」


トントが静かに言った。


「ただ——見ればいい」


全員が、黙った。


オーロラが——ラップーランドの空を、静かに染めていった。

緑の光が——百年間笑わなかった村に、降り注いだ。

女の子が——空を見上げて。

初めて、笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


翌朝。


夜が明ける前に——ティンペリが丘に来ていた。


設計図に、昨夜の書き込みが加えられていた。


細かく。丁寧に。何度も線を引き直した跡がある。


エーアイが横に来た。


ティンペリが設計図を広げた。


「……昨夜、考えた。配置だ。この角度なら——蒸気が均一に広がる。

じいさんが迷っていた部分も——俺なりに答えを出した」


エーアイが設計図を見た。


「……完璧だと思いますが。」


「いや、違う」


ティンペリが首を振った。


「俺の答えであって。じいさんの答えじゃない。

 でも——きっと、こういうことだったと思う」


エーアイは——静かに微笑んだ。


シルヴァが、葉を揺らした。

全員が集まってきた。


トントが立ち上がった。


……患者を診る。


ここの患者は——この村全体だ。



処方箋は——スモークサウナ。

「——仕上げよう」

トントが言った。


「失われたものを——取り戻す」


リリが目を輝かせた。「やります!!」


テルメが拳を握った。「ウチ、やったるで!!」


エーアイが静かに頷いた。「……任せてください」


レンが腕を組んだ。「……手伝ってあげる」


ティンペリが——木くずだらけの手を、握った。


「……俺も、やる」



ザウルが——強く、輝いた。

針葉樹の森に——初めて、声が響いた。

笑い声と。掛け声と。

生きている声だった。

丘の上の土台が——百年ぶりに、人の温もりを感じていた。

ザウル。

お前が眠っていた場所に——また、煙を上げてやる。

風が——強く、吹いた。


◆次話予告/第20話「薪火の咆哮、百年の沈黙を破れ!」

スモークサウナは無事に完成するの?


村に熱は取り戻せるの?

百年ぶりの煙が上がる日がくるのか?






最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。


この作品を「面白い」「続きが気になる」と思ってくださった方は、

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皆様の応援が、異世界サウナ夢想の最大のモチベーションになります!

次回もぜひお楽しみに。

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