第32話 整備
「――戻る前に、少しだけ見ていきませんか?」
レインが、何気なく言った。
帰路に着こうとしていたところだった。
「……何を?」
カレンが振り返る。
「さっきの村です」
「まだ何かあるんですか?」
リリアも首を傾げる。
「いえ」
レインは軽く首を振る。
「せっかく来たので、少し整えておこうかと」
「……整える?」
カレンの眉がぴくりと動く。
「ここを?」
「はい」
当然のように答える。
「いやいやいや」
カレンが手を振る。
「軽く言ってるけど、ここ廃村よ?」
「直すってレベルじゃないでしょ」
「大丈夫だと思います」
レインはいつも通りだった。
「そんなに時間もかからないので」
「……どれくらい?」
カレンが半分呆れながら聞く。
「そうですね」
少しだけ考えて。
「今日中には」
「は?」
「今日中には終わると思います」
もう一度、同じことを言った。
沈黙。
「……やるだけやってみましょうか」
リリアが先に折れる。
完全に慣れている。
「どうせ止めてもやりますよね?」
「はい」
即答だった。
「……もういいわ」
カレンは額を押さえる。
「付き合う」
「やったー!」
ミアが元気に手を上げる。
「私も手伝います!」
「ありがとうございます」
レインは軽く笑った。
――それから。
最初に動いたのは、井戸だった。
「ここ、使えそうですね」
レインが覗き込む。
中は乾いている。
だが、完全に壊れているわけではない。
「水脈は生きてますね」
ぽつりと呟く。
次の瞬間。
軽く手をかざす。
――ごぼっ。
「え?」
ミアが目を丸くする。
井戸の奥から、水が湧き上がる。
一気に。
「ちょ、ちょっと待って」
カレンが近づく。
「今、何したの?」
「少し調整しただけです」
レインは普通に答える。
「調整って何よ……」
水は止まらない。
透明で、澄んだ水。
あっという間に、井戸として機能し始める。
「……飲めますね」
リリアが確認する。
「問題ありません」
次は、畑だった。
荒れ放題の土地。
雑草が伸びきっている。
「ここも、いけそうですね」
レインが言う。
「いや、それは無理でしょ」
カレンが即座に突っ込む。
「土死んでるわよこれ」
「大丈夫です」
また同じ言葉。
軽く足で地面に触れる。
それだけ。
ざわっ。
「……え?」
ミアが声を漏らす。
土の色が変わる。
乾いた灰色から、黒く。
しっとりとした質感へ。
「嘘でしょ……」
カレンが呟く。
「これで育つと思いますよ」
レインはあっさり言う。
「いやいやいや」
カレンが頭を抱える。
「そんな簡単に土って戻るの?」
「戻るというか、整えました」
「同じじゃないわよ!」
「すごいです……」
ミアは目を輝かせている。
その後も――
崩れた柵が直り、
壊れた家が“使える形”に戻り、
道が整えられていく。
どれも、大げさな動きはない。
ただ、触れるだけ。
少し手を動かすだけ。
それだけで。
「……終わりましたね」
夕方。
レインが言った。
「……」
誰も、すぐには反応できなかった。
そこにあったのは――
“廃村”ではない。
「……普通に住めるじゃない」
カレンが呟く。
「いや、それどころじゃないわね」
井戸は使える。
畑は生きている。
家も最低限整っている。
「……一日で?」
ぽつりと、リリアが言う。
「はい」
レインは頷く。
「思ったより早かったです」
「早かったの基準がおかしいのよ」
カレンが即座に返す。
「でも、これなら……」
ミアが周囲を見渡す。
「住めますよね?」
沈黙。
だが、否定する人はいない。
「……ええ」
リリアがゆっくり頷く。
「十分すぎるほどに」
「……本気でやる気?」
カレンがレインを見る。
「どうします?」
レインは逆に聞く。
「使うなら、もう少し整えますけど」
「……」
カレンは少しだけ考えて。
「……やるなら、徹底的にやるわよ」
そう言った。
「はい」
レインはいつも通り頷いた。




