第8話
最初の記憶は……水槽の中だった。
ぼんやりと、殆ど輪郭すらも怪しい世界で遠くに誰かが沢山見えた。皆白い……服のような物を纏っていて、忙しくなく。そして、時々壁の方を向いて怒鳴るように騒いだり、たまに変に豪華な服を着た人がやってきては硝子っぽい物越しにこちらを見ていた。
でも疲れてしまって……直ぐ、目を閉じた。
次の記憶は……また水槽の中だった。
今度はこの前よりも少しだけはっきり見えた。小さな灯りを囲んで、暗い所で複数人の白い人達が、白い紙束を馬鹿みたいに積み上げて、どんどん白を黒に染めてはくしゃくしゃに丸めて乱雑に投げる。……あんまり、上手くいっていないのだろうか。
やがて疲れてしまって……直ぐ、目を閉じた。
次の記憶は……また水槽の中だった。
今度は、かなりはっきり見えた。白く見えていたのは白衣だったらしい。皆白衣を着て、身長や容姿も様々。黒い髪の人、青い髪の人、中には銀色や紅い髪の人だって居る。その中でも……何故か、目に留まったのは長い本紫色の髪をした背の高いスマートな男と群青色の溌剌とした髪の大柄な男。……そして、紅色の長い髪に銀のモノクルを着けた女性。
特に、その知的な女性は目が合うと嬉しそうに微笑んでくれた。他の白衣の人達も明るくて、優しくて、目が合うと破顔したり。中には手を振ってくれたり、ぴょんびょん跳ねて喜ぶ人や水槽に手を触れて、こちらを見ながら床に座る人も居た。
彼らは……どうして、あんなに嬉しそうなんだろうか。
次の記憶は――水槽が、大きな音を立てて破壊された。
「っ……!!」
「くぅるあう?」
「はぁ……。はぁ……。……? ……おっきな、おお……かみ?」
「きゃう!」
「……んん。な……にぃ……? …………あ! おはよう、イリス……って、あれ? ……何か怖い夢でも見たの?」
「すい……そう。……水槽の、割れる夢。」
「水槽……?」
……やっぱり、ないんだ。
イリスが心配だったのか、それとも単に傍を離れたくなかったのか。全員がイリスを直接護っているリュウセイ種とは別の個体により沿われて眠っており、夜型のヴィルヘルムとヨハンは未だ深い眠りから目覚めない。
イリスが目覚めはしたものの、まだ多少呼吸が荒れている所為か、イリスの傍に居るリュウセイ種が何度も顔で甘えてくる為、今度はイリスからくっ付いて毛並みを堪能すれば、低く安定したリズムで猫のようにリュウセイ種の喉が鳴り、尾がぶんぶんと激しく揺れる。
……んふふ。可愛い。
「……ふわふわぁ。」
「イリス、尻尾もふわふわだよ!」
「ほんとっ!?」
「……大丈夫そう、ですかね?」
「まぁ、とりあえずは大丈夫そうね。」
エリクスに勧められ、実際に触れてみたリュウセイ種の尾はイルメリナとはまた違ったふわふわで大変心地が良い。リュウセイ種自身も、普通であれば嫌がりそうな物だが特に気にしていないどころか、むしろ触れられて嬉しいらしい。
より尾を仰ぐようにして動かしてはそれに目を瞬かせたイリスが捕まえ、また逃げられて捕まえを繰り返しており、なかなかの癒しと化している。今回は連れてきていないが、ここにリュウセイ種の仔が居ればもっと和んだだろう。
「……イル?」
「うん、ここに居るよ。どうしたの?」
「……イル達、白いひらひら着ないの?」
「白いひらひら……?」
「……あ。あれじゃないですか、白衣。…………あんまり、研究者とか医者をイメージ出来そうな物なのでちょっと思う所はありますけどあのイリス先輩の事です。……大賢人エスメラルダがお義母様ですし、何か特別な思い入れがあるのかも。」
「あ、成程! じゃあ私、全員分の白衣用意してくるね。」
「用意してくる……? と言うと?」
「今から全員分縫ってくるね!」
「……え、そこから?」




