第34話
「ったく、随分長い1日だった。」
「もっと長く感じたわよ、私は……。」
「あんな体験、そう頻繁にあってたまるかよ……。」
幸いと呼ぶべきか、それとも不気味と呼ぶべきか。激しい揺れに多少苦労はしたが誰も大きな怪我なく、地上へ出てくる事に成功した。
地上も地上で、流石アウレリウス帝国軍と言うべきか、地上はあまり暴れ回ったであろう神代の悪神の影響をあまり受けていない。多少城の外壁を削られている程度で、多少死体の数が増えている程度。その死体ですら、子供の死体には慈悲を。大人の死体には制裁を施されて遺体によって状態がかなり違う。
……激しいよな、戦争の爪痕って。
やけに長い、あってはならない義務を終え、《黑閃》へ戻ってきた。……まだ海獣がうようよしている海域を通ってアウレリウス帝国へ帰らなければならないのに、恐ろしく安心感がある。
何かと……本当に今日は色々あり過ぎた。激しくて、騒がしくて、なかなかに濃かった。神代なんて、殆どの生物が未だ確立した言語を持たず、壁画だけしかなかった時代の神に。魔法陣に干渉してきた謎の存在。それを軽々と黙らせ、殆ど死を待つだけだったイリスを救い、独りでに語り掛けては自発的に帰っていた上位存在。……1日に凝縮されて良い濃度ではない。
大賢人エスメラルダの話も凄かったし……。何と言うか、世界ってとんでもなく広いんだなぁ。
幸い、《黑閃》に帰ってきて少しした頃にイリスは目覚めた。痛がる様子もなく、物理的に苦しそうな様子はない。……その表情はまるで、これから怒られる子供のような不安そうな顔だったが。
もしかすると、一度これより前に戻ってきた際、イルメリナによって強制的に寝かしつけられたあれが尾を引いているのかもしれない。又は、地下でヴィクトルに怒られたからか。
とにかく、ノア達の任務はイリスを無事に連れ帰る事。道中でアルドリックと連絡を取ったらしいヴィクトルの話では、現地に戻ってまだやる事があるのでアルドリックの乗船を待たず、先に帰るよう指示が下ったのだとか。
まぁ……山程ある、よなぁ。
殺した死体の回収や伏兵の確認、一応は地下の施設も確認するだろうし、城に関しても勿論の事。ラグナレイズ帝国皇族の身柄確保に危険物押収。もし居るのであれば民間人の保護やアウレリウス帝国への移送、そしてラグナレイズ帝国の元故郷である島にまで調査範囲を拡げるともヴィクトル経由でアルドリックから共有を受けた。
イリスの義母、エスメラルダの遺体捜索も連れてきていたらしい海底探索隊を使って捜索されるようで、なかなかに長期間かつ代規模になる。それでも、そこに特務局を巻き込ませないのは……全て、特務局故の特権の影響だろう。
“特務官。これを皇帝と同義の存在として扱い、これを害する事、これを制限する事、これを苦しめ傷付ける事、これに対する一切の強要を禁ずる。本項違反する事、国家反逆罪及び不敬罪と定め極刑に処す。尚、本項に関する裁判の執行を求めるは反逆者の一族を等しく奴隷落ちとす”。……改めて、本当に凄いよなぁ。
特務官は基本、皇帝と同義。それ故、国家規模で行われる国同士の話し合いのように交渉や依頼をする事は出来ても、命令する事や保有する事は出来ない。それを少しでも逸脱すれば死刑が確定し、それを覆そうと裁判を求めればその反逆者の血縁者及び配偶者の血縁者全員が仲良く揃って奴隷落ちになる。
それ程までに、特務官の人権は……重い。最早重過ぎるがあまり、人権ではなくその他の権利と纏めて特権と呼ばれ、その権利はそれを定めた皇帝ですらも害せない。……これを覆せるのは、同じ特務官同士だけ。
……ほんと、凄い組織に入っちゃったなぁ。
「あ、イリス先輩!」
「イリス、何処か痛い所はないかい? 気分が悪いとか……。」
「…………大丈夫。」
「ほらほらイリス! 髪拭きたいからそこのソファ座って!」
「……ん。」
《黑閃》に乗船するや否や、イルメリナから発令された入浴命令。それにより、基本的には自動航行が出来るこの船ではヴィクトルだけが後から入る事にして、まぁまぁ……軍用艦とは思えない程立派な風呂が男性用と女性用でそれぞれある為、今この場に居ないヴィクトル以外は入浴済みだ。
何なら多少の迎撃も自動で行えてしまうこの船では……皆、もう殆どオフモードに入っている。ただ、日頃から私服で寝る事の多いイリスは、今回ばっかりはイルメリナに強制されたのか、控えめな黒く長いナイトドレスを着せられており、何処か居心地悪そうに見える。
メッシュが入っているのもあり、内側や毛先は血溜まりのように赤黒く。根元から合流地点までは月のない夜のような髪が……縛られていない所為で、腰よりも少し長くゆらゆらと遊ばせてしまっている。
イリス先輩って、やっぱりお洒落すると貴族様のご息女なんだよなぁ……。
「どうしたんや、ノア坊。今更イリス嬢に惚れたんか?」
「憧れてって意味ではぞっこんですけど、恋情って意味では全く。……ただ、あのままヒール履いてダンスでもしてそうだなぁって。」
「あぁ〜……。」
「今度、イルメリナにお願いして色んなお洋服着てもらう?」
「普通に全力で嫌がる未来が見えますね。」
「……ほんとお前、イルメリナとヴィクトル足して割ったみたいな性格してるよな。」
「光栄です。」
「……この潔さはイリス嬢の面影があるなぁ。」
「え、本当ですかっ?」
「あからさまに嬉しそうにすんな。」




