第33話
「――来たよ、悪い神様。」
大きな落下音。施設全域が揺れる巨大な振動を連れ立って、入口から黒い靄のような物がこの施設の中央に位置する巨大なフラスコの中へと吸い込まれていく。
そんな本体から溢れ出す何かだけでは足りなかったようで……より引き寄せられ、とうとうその神代の神とやらが顔を出す。
魂だと聞いていたのに質量のあるそれ。真っ黒でこの施設の入口を“少し拡げなければ”入れないような、車を縦に2つ並べたような高さを誇る球体。そこから複数の骨と皮しかない真っ黒な手が伸びては床に爪を立て、壁に爪を立て、何とか逃げようとしているようだが……それが功を成す事はなさそうだ。
あれが……神様の魂?
「……え、魂……ですよね? 魂って質量……あるんですか?」
「……知らねぇよ、見た事ねぇし。」
「……どちらにせよ、あの上位存在のお陰でイリスを軽く動かせるようになったのは幸運だったな。ノア、あれが《神凪》に入ったら笛吹け。」
「了解。」
イリスの大怪我もあり、移動する事も憚られていたが例の、謎の上位存在の出現によってイリスの怪我が治療されたお陰で余裕が出た。変わらずヴィルヘルムが今は深く眠っている様子のイリスを抱え、近くの柱の裏に隠れる事が出来た。
神代の神とやらは……これまで、何度も上位存在が出てきた所為であまり迫力がない。いや、あるにはあるがこれまでの上位存在達にはどうにもシンプル過ぎて劣ってしまう所がある。
それでも今、まさに。これから消滅させられる神様とやらからすれば大分迷惑な話だろう。
どちらにせよ。……俺達はさっさと帝国へ。“黑棺”へ帰らないといけないんです。
神代の悪神は引き摺られていく。ノア達にはただ、何か目に見えない存在によって吸い寄せられているように見えるが……実際は何か居るのだろうか。あの魂の何処かを掴んで引っ張っているのか、それともこの《神凪》にも先程の上位存在のような物が宿っていて、別階層からあの悪神を引き摺り込んでいるのだろうか。
……それも、イリスが眠ってしまっている今となっては分からない。
かつての神は……流石に魂だけの姿となってしまえば無力なのかもしれない。為す術なく、柱の裏に隠れるノア達に気付いた様子もなく、見えない力に引っ張られて――《神凪》の中へと呑み込まれる。
「ノア!」
「吹きます……!」
犬笛のように甲高く、空気を裂くような鋭く高い音。だが聞き取れない程の高さではなく、決して大き過ぎる訳ではないが多少不快になるような高い音が響く。そんな音を……異端審問教会に関連する水銀の神は即座に感じ取ったらしい。
神代の悪神が《神凪》の中から脱出せんと暴れる中、そんな《神凪》の側面にあちこちから生えた銀色の腕のような物が伸びてきて触れ、接している面から水銀が溢れ出して《神凪》の中に溜まっていく。
その腕は刻一刻と増え続け、中で神代の悪神が暴れれば暴れる程にこの施設全体が。……洞窟全体が激しく揺れる。
これは流石にまずいんじゃ……!?
「ま、また手……!!」
「……神様って、恥ずかしがり屋なんですかね。」
「んな事言ってる場合か、さっさと出るぞ!」
「は、はい!」
ふと、視界に何か足らなくなったような気がして一度振り返る。やはり、先程までそこにあったはずの黒い十字架を呑み込んだ黒い球体や黒い球体、魔法陣がなくなっている。……あんなにしっかり刻み込んだ、あの魔法陣すらも。
「……?」
「ノア君、早く……!!」
「は、はい! 今行きます!」




