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『帝国魔導特務録』  作者: 夜櫻 雅織
~ヴォルカ特務官と神代の怨嗟~

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第32話

「……うぅ。」

「イリス!」

「イリス先輩、俺達が分かりますか? ……まだ、まだ生きてますよ。」


 大量出血による反動か、それとも何者かに一度入られた影響か。気を失ってしまっていたイリスが目覚めるも……当然、顔色はあまり宜しくない。

 それでも、そのイリスの目に映ったのは特務官達ではない。その更に先、つい先程イリスの胸を貫き、こちらを嘲笑うようにただ佇んでいるあの黒い十字架。……イリスの予定を大きく崩したあの不届き者だ。


「……。」


 徐に空間拡張魔術(マジックバック)へ手を入れ、引き抜いたのは――おどろおどろしい黒を基調としつつ、曲線で銃口へ向かうに連れて渦を狭めるような模様の銃。あまりにも気味の悪いそれを――黒い十字架へと向ける。


「い、イリス? 待て待て、その状態で発砲は」

「……エスメラルダの研究を……けが、すな。――そのままそこで大人しくエスメラルダの呪いに飼い殺されていろ。」


 その黒銃から放たれたのは弾丸ではなかった。黒い魔導弾のような魔力の塊が放たれ、真っ直ぐ黒い十字架に着弾。それを呑み込んだままその場に静止……――溢れ出す。

 まるでペンキか何かでも仕組まれていたと言わんばかりに中身がどくどくと溢れ出し、魔法陣を呑み込んでもその範囲は拡がっていく。


「な、何だこれ……!?」

「瘴気……? それにしては液状過ぎるような……。」

「イリス先輩、これは」

「気絶した。……一応、あの変な黒い液体に包まれててもあの神様とやらを呼ぶ為の魔法陣は起動してるみたいだね。」

「と、とりあえず……イリスが使った銃だから安全、だよな?」

「どう……やろうな。少なくとも、イリス嬢の用意する武器はどれも暴発率が異様に低い。そういう意味では……安全かもしれんけど。」


 やはり、それだけで終わらなかったらしい。

 黒い液体は所々に穴を開け、まるで瘴気のように黒い煙を吐き出していく。殆ど反射で誰もが身構えるも……この煙には意思か識別機能があるのかもしれない。ふとした拍子に噴き出したその煙はイリスは勿論の事、ノア達に直撃する事はない。むしろ、覆い尽くすように……結界のように周りを覆ってしまう。


 これは……?


「……ヴィクトル。」

「……少なくとも瘴気ではなさそうってだけだな。もし瘴気ならもっと空気が」

「あ、あれ! 何か出てきた!」


 黒い霧の発生源、黒い液体の根元。先程から黒い十字架を呑み込んで沈黙させ続けている黒い球体から……手が生えてくる。

 真っ黒で、指と爪の継ぎ目どころか、そもそも爪があるのかすらも分からない手。指の配置的に右手と思われるそれはゆっくりゆったりと黒い球体から顔を出し、そっと地に触れる。その大きさは……人を掴める程に巨大だ。


 手……?


「……黎明の子。ようやっと私を使ったな、黎明の子。しかし……死にかけている? …………貴様が死んでは我らが今は亡きエスメラルダに顔向け出来ぬ。」


 地に指を掛けていた手はふわり、とその身を起こしてヴィルヘルムに支えられているイリスに距離を詰める。ノア達の存在に気付いていないのか、それとも認識するのも億劫だと捉えたのか。まるで意に返さず、傍に寄る。

 ただ……直ぐイリスに触れるという訳でもないようで、少し左右に動いて様子を見るようにした後。ふと、ようやっと傷口を抑えるヴィルヘルムの手の甲をちょんちょん、と指で突く。


「……退けよ。そこにそれがあっては黎明の子を救えぬ、暁の末裔。」

「……エスメラルダの事は知っていても、イリスの事は何も知らないんだろう? それに、お前が本当にイリスを救う保証が何処にある。」

「……ふむ、イリス。イリス……か。……黎明の子。お前は……名を与えられたのだな。契約者エスメラルダですら名付けを躊躇った……人としての名を。良き名だ。」

「な、おいっ……!!」


 ヴィルヘルムからの返答はあまり求めていなかったらしい。だからと言ってヴィルヘルムを乱雑に扱うつもりもないようで、傷口を抑える手を人差し指でそっと。優しく剥がしながら――中指と薬指が触れる。


「――生きよ。エスメラルダの為、エスメラルダの分も、……エスメラルダよりも永く。」


 魔法にしては大気中の魔力量を一気に跳ね上げ、魔術にしてはあまりにも強大過ぎる力が働いて周辺にあったはずの輸血パックがあっという間に空になる。ヴィルヘルムが展開していた血の珠も消えており、先程まであんなにも顔色の悪かったイリスの肌に朱色が戻ってくる。


 ……あ、あれ?


 声を掛けようと、近付こうと……したつもりだった。幾ら力を入れようと、声を出そうとしてもぴくりともしない。

 まさか、と周りに目をやればヴィクトル達も同じらしい。唯一発言を許されていたであろうヴィルヘルムも今となっては彫刻のように固まってしまっており、十中八九……この手の仕業だろう。


 金縛り……いや、そもそも魔法じゃない……?


「……イリス。もしこの世界に飽きたその時は……また声を掛けてくれ。皆と、お前とエスメラルダの為に作った環境はまだ維持してある。疲れて……失望し。全て諦められる……その時は。…………ではまた。呼んでくれる時を楽しみにしている。」


 そっと優しくイリスの頬を撫でた後、目聡く気付いたように右の脇腹に触れてから静かに球体の中へと消えていく。周囲を覆っていた黒い煙と共に。――体の自由をノア達に返して。


「っ〜〜〜!! な、何、何々々!? 何、あの息吸うようにさらっと出てきた上位存在!!?」

「……今日だけで後何体出てくんだ、この国は?」

「……黒い球体はまだそこに居座っとるな。」

「い、一応……イリスに害意はなさそうだったけど。」

「ヴィル先輩、イリス先輩は……?」

「……落ち着いてるね。後、傷口もないね。…………あれだけ作るのが難しかった血の魔法を、ああも簡単に乗っ取られたのは色々と腹が立つけど。」

「あいつ、脇腹にも触ってなかったか?」

「失礼します。……痛がる様子はないですね。」

「……はぁ。ならまぁ良しとするか。とりあえず……この拳銃はイリスが起きるまで俺が預かっとく。…………持ち主に返せって出てきたらこえぇけど。」

「ちょ、怖い想像しないでよ……!!」

「そ、そうだよ! あんなエリクスの親戚みたいな奴、そう簡単にぽんぽん出てこられて心臓保たねぇよ……!!」

「ちょ、確かに僕も上位存在だけどあんなに偉そうじゃないからね!!? 大体、あいつ絶対真祖の悪魔(トゥルーデーモン)でしょ、何の対価も求めずに帰った事の方が異常だからね!!?」

「……たし、かに。あいつ、何も求めなかったね。」

「あの、上位存在って必ず何かを要求する物なんですか?」

「そもそも、こうやって次元を超えて来る事自体結構な事だからね。その上で願いを叶えてもらうとなれば……それなりの対価が必要だよ。」

「そこの神様とやらを引き摺る為にある魔法陣だって、イリスの大量の血が要求されてただろうが。」

「あ……。で、でも、それならヴィル先輩とか……。」

「俺は吸血鬼、真祖の吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)じゃないよ。……まぁ、かなり家系の源流に近い所がそれだったとは聞いてるけど、何百年前だと……。」

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