第28話
「……イリス先輩、聞いても良いですか?」
「……何。」
「これだけしっかりした設備があって、神を溺死させる為の水銀が用意されてないのって……何でなんですか。」
「ノア。……今は辞めときなさい。」
「良い。……ノアの指摘通り、元々ここにはこの国の王城を沈められるだけの量の水銀があった。…………でもこの国の皇帝がその水銀にエスメラルダを沈めて殺して、海に捨てた。だからこの国周辺の水質は永遠に汚染され続けて再生する事はない。」
「……え、処刑する為に人を水銀の水槽に?」
「…………イカれてる。」
……エスメラルダ。
今思えば、あんなに大量に水銀を用意していたのは……最初から、皇帝を騙してここで神様を呼び出すだけ呼び出して殺すつもりだったんじゃないかと思う。起こす事は諦めないだろうから、せめて力を増強させるとかって嘘を吐いて目の前で殺してやろうと。
でもそれは失敗に終わり、エスメラルダは拘束された上に浮かび上がってこれないよう錨を重りに水銀の水槽へ沈められ。……そのまま、海洋に流された。あの時のエスメラルダの顔は、声は、言葉はまだ覚えてる。
……大丈夫だよ、エスメラルダ。私が……エスメラルダの代わりを果たすから。まだ、エスメラルダはこの海域に居るんだから。
「……元々の予定では神様を召喚するのも、この施設のあの水槽の中のはずだった。……直ぐ、殺せるように。」
イリス達の作業する、奇妙な施設の中央。その左手側にある制御機器の近くで作業しつつ、ふと視線を持ち上げてまるでこの国のコアと言わんばかりに鎮座する中身の入っていない巨大なフラスコ。……あそこが本当は、神様の始まりの場所であり、最後の場所であるはずだった。
「……でもこの国の皇帝に気付かれて、エスメラルダが処刑される寸前に召喚位置を――投げ飛ばした。」
「「「「投げ飛ばした?」」」」
「え、どう……え?」
「……比喩、だよね?」
「ううん、その言葉の通り。神様の召喚位置を特定する為の機器を力技で抉り取って、物理的にぶん投げた。……エスメラルダも、竜人だったから。自分で作ったその設備を肥大化させた自分の腕で掴んで引き摺り出して、投げ飛ばした。…………その墜落地点がここ。」
「……えっと。じゃあ……本当のラグナレイズ帝国って。」
「ここから北西に8kmぐらいのもっと小さな島。……そこから、全部こっちに引っ越させて、この施設はその装置に内蔵されてた機能の1つ。」
「………………これが機能、ねぇ。」
「え、装置の中にそんな施設を格納してたって事!!?」
「…………じゃあ、あの城と死体って。」
「死体も格納されてた。それが、装置が落下した時に出来たクレーターとこの巨大な穴を塞ぐようにあって、周りのクレーターはなるべく埋め立てて城を建てた。」
「……スケール。本当にスケールだよ、全く。」
「……それで、もしその装置が見つからなかった場合の為に、しばらくは生かされてたから……処刑されたのはこの島。……………………だから、エスメラルダの遺体も魂もこの海域に居る。あの神様と一緒、だから、だからこの海域を探したら」
「イリス。」
……。
「……………………嘘。……多分、死体なんか何処探しても……もう、ないんだ。そんな……そんな都合の良い事、起こる訳なんてないから。」
「……イリス。俺から後でアルドリックに連絡入れといてやる。大賢人エスメラルダ程じゃあねぇが……アウレリウス帝国もなかなかにぶっ飛んだ国だからな。もしかすると見つけられるかもしんねぇぞ。」
「良い。……こんな、こんな事で国1個動かすなんて」
「イリス。……お前はただの一般人じゃねぇ、俺らの同じ特務官だ。常にアウレリウス帝国皇帝アルヴァリウス・セラフィス・アウレリウスと同等の権利と権限を有する帝国魔導特務局特務官だ。現に、お前の為だけに戦争が起き、お前の為だけに俺らはここまで来てる。……皇帝様が“こうせよ”って言やぁ必ずそれに応えなければならねぇのがアウレリウス帝国の軍隊と国家機関だ。」
「で、でも、」
「それに、義母だろうと実母だろうと“親の遺体を探してほしい”って願いが聞き届けられねぇ非道な国じゃねぇぞ、アウレリウス帝国は。ここと一緒にすんな。」
「……っ。」
「……イリス、こんな国に長い事居て色々あったのもあって、そう簡単に信じられないのも分かる。けどな、この国とは違ってアウレリウス帝国はお前みたいなこれまでまるで権利を与えられなかった子供を発生させる事も、そのままにする事も出来ねぇ国なんだよ。……直ぐ覚えろなんて終わった事は誰も言わん。……………………まずは少しぐらい俺らを信じてみろよ。どうでも良い奴の為にここまで来て、お前が言葉やら願望やらを呑み込むとこを見る為にここまで付き合ってる訳ねぇだろうが。」
……違うのは、同じじゃない事ぐらい分かってるっての。
それでも1歩が出ないのは、その理由くらいヴィクトルも分かっているだろう。……遥かに、イリスより大人なのだから。
「……。」
「……イリス先輩。」
「…………何。」
「人に裏切られるのとか、人に騙されるのとか、嵌められるのとか。全部、怖いと思います。……いや、怖いなんて軽薄ですね。不安で仕方ないと思いますし、これまでそれが要因となって死にかねないような経験ばかりだったと思います。でもですね、そもそもイリス先輩もヴィクトル先輩も間違ってるんですよ。」
「……?」
「俺もか?」
「はい。だって、別にイリス先輩は頼るとか、油断するとか全く出来てない訳じゃないですよ。“黑棺”でも《黎閃》でも、料理してる所見てないのに食べれてるじゃないですか。毒味用の魔法まで開発して、何なら使う気も起きないぐらい空母の食べ物とか警戒されてたのに。」
「……。」
「小さい信頼なら沢山出来てるんですよ。幾ら朝弱くたって誰かに起こしてもらうとか……それこそ命の危険がありますし。いつ裏切られて何処に連れてかれて何をされるかも分からないぐらい信じてなかったら、そもそもヴィル先輩に抱えられて寝るなんてどれだけ疲れててもありえないじゃないですか。」
「…………。」
「要は、何処からが我儘で、何処までが遠慮なく頼める範囲なのかの区画設定を間違ってるだけなんですって。イリス先輩は。……だからちょっとずつ拡張していきましょうよ、その遠慮なく言って頼める範囲。ここでの作業だって、それぞれの得意分野ごとに割り振って、上手く回せてるんですからちゃんと俺達の事は認識出来てます。……頼んだら動いてくれる範囲だって。」
「……………………ノア、嫌い。」
「え、そこで俺嫌われるんですか!!?」
「おい、ノア……。いじけさせてどうすんだよ。」
「いや、そこは味方してくださいよ!!?」
「ふふ、かっこよくなりきれない辺りがノア坊らしいなぁ。」
「まぁ、私達の末っ子達は可愛いって事よ!」
「イルはもっと嫌い。」
「ねぇちょっとー?」




