第26話
「……イリス先輩は?」
「眠ったよ。……縋り着いてね。」
日頃、あんなにも気丈で無類の強さを誇るイリスがヴィルヘルムの懐に抱えられ、その服を皺が付く程に握り締め、浅い呼吸を繰り返して眠っている。今の所は魘されていないようだが……それも、時間の問題だろう。このままでは確実に壊れてしまう。
イリス先輩……。
「……………………この階段が螺旋階段なら全部壊して垂直落下してやるのに。」
「……俺もイリスやヨハンみてぇに音声認識で呼び出せる乗り物作るか。まぁ、こんな経験は二度とねぇ方が良いけどな。」
ヴィルヘルムの腕の中で眠るイリスの体温は、妙に低い。決してこれはここが地下だからとか、イリスが冷え性とか、そんな次元ではない。
そんなイリスの覚悟を嘲笑うようにまだこの無駄に長い階段は終わりが見えない。設計も不親切で、道中に休憩用のスペースすらも見当たらない。日々ここに通ってくる研究者達もここを行き来しているのだろうか。
……いや、まさか。絶対もっと早くに行けるルートや搬入用のルートがあるはず。
しかし、事対象が神となるとこの通路を何処まで破壊して良いのかも分からない。もしかすると、儀式的にしっかり計算された構造で、少しでもずれると良くない事が起きる仕様である可能性もある。これだから、マイナー教は困る。
「……イリス先輩、自覚なかったですね。」
「……そうだね。むしろ、あの地響きすら認知出来てなかったのかも。」
今から1時間程前、階段を降り始めてその倍ぐらいは過ぎた頃に大きな地震があった。この地下が軋む程のその地震で誰もが立っていられず、バランスを崩しつつも何とか体重を後ろに倒してその場に座り込む中で……イリスだけは違った。
壁に触れながらゆっくりと降りていたイリスが大きくふらつき、体勢を整えようとすらしなくてヴィクトルが腕で。ヴィルヘルムが咄嗟に生やした翼でこのまま転がり落ちていくのを防ぐも意識が落ちてしまっていた。
幾ら声を掛けても、体を揺らしても反応せず、事が事なのもあって運び出す訳にも下る訳にも行かず、とりあえずしばらく様子を見ていると独りでに立ち上がって……また、階段を降り始めた。
恐らく、あの時はまだ意識がなかった。目が開いていても、足取りがしっかりしていても、また壁に手を添えて慎重に降りていても誰の呼びかけにも反応せず、……止める訳にもいかず。何処かで正気に戻る事を願っていれば今度は胸元を抑えて足を止めた時にはそのまま連れ出してしまおうかと思った。
きっと……皆さん、同じ気持ちなんだろうけど。
「癒しの波長……は、今やるとまずそうね。」
「……せやな。恐らく、イリス嬢はここへ来てからより精神的にやられとる。こないな場所で落ち着かせなんぞしたら、それこそ気に触れてまう。」
「……イリスの言ってた神様とやら。多分、もう起きたと思うよ。何か、凄く大きな気配がずっと地上を飛び回ってる。」
「なら急がねぇとな。イリスも……とりあえず寝た事だし、ペース上げるか。」
「そうだね。……こんな事はさっさと終わらせて皆で帰ろう。」
「下に伏兵が居ない事を願って?」
「俺的にはついでに殴れるぐらいが丁度良いけどな。」
「俺も。……諸々おいたが過ぎとる。上で暴れ回っとる帝国軍とシュタール卿達が羨ましゅうてしゃあないわ。」




