第19話
「い、イル。イル、イル! お、落ち着いて、落ち着いて、ねっ……!」
「イリス~。……さぁ、私の目を見よっか。」
「落ち着いてぇっ……!!」
「……とりあえず、助けんでええやろな。」
「そうだな。ちったぁ反省してもらおうか。」
まぁ……ねぇ。
ヴィクトルの船、《黎閃》に戻ってくる道中含め。戻ってきて、移動中ずっとリビングとして使っていた談話室にて治療を終え、諸々話を聞き出されたイリスは……今、別の意味で襲われていた。
明らかに目が笑っておらず、かつ尾や髪色が黒く変色し、完全に戦闘モードのイルメリナに顔をがっしりと掴まれて目を合わせるように強要され。何なら加減はされているが多少強めの力で瞼を押し上げられているので目を閉じる事も出来ない。――ほぼ負け確である。
普段であれば誰もが助ける物の、今回に関しては皆同様に不満があるようで、誰も助けはしない。むしろ、一度このまま眠ってろ馬鹿と言わんばかりの勢いである。
結果、疲労やノア達と久々に会って多少気の緩んでいた所もあるイリスは……割と、簡単に落ちてしまう。
念の為にソファに座らされ、その上で動きを封じるようにその身に曲がられて上から覗き込まれるような体勢であった為、急激に意識が薄れてその身が沈む。それでも目を合わせ続けるイルメリナにより、ついぞ強烈な睡魔から睡眠状態へとイリスの意識は滑り落ちていった。
……元々怒らせる予定なんてないけど、なるべくイルメリナ先輩を怒らせないようにしよう。
「お休み、イリス。ゆっくり休んでね。」
「良しっ、じゃあ帰るか!」
「ヴィルヘルム、落ち着け。帰ってこい。まだその訳の分かんねぇ神とやら殺さないと駄目だって話だったろ。」
「……俺達がやるならともかく、イリスをここに残しておく必要がまるで分からない。別に日を跨いだとて、ここの人間が死んでなければ神は降臨しないんだろう? なら数週間ぐらい遅らせてやれば良いじゃないか。」
「ばーか、話聞いてたか? 遅らせれば遅らせる程に環境汚染が拡大してくって話だっただろうが。」
「ヴィルヘルム、イリスが未成年だって分かったって途端に過保護具合が加速してるね。」
「あの様子だと、もっと加速しそうですね。」
それにしても……神、かぁ。
特務官になる以前は異端審問教会という宗教に所属しつつ、その宗教が設立した暗務局に居たが……改めて神と言われるとあまり実感が分からない。何せ、そんな物は誰かが勝手に定めた都合の良い存在だ。本気で神だと思っているような人はそんなに多くない。
なのに、今回降臨する存在は神代という古の時代に存在した本物の神様で。それを降臨させる為には国1つ分の生贄が必要で、その神を支配する為に依り代を作ろうとし、最も安全な解決法が降臨の儀式を止められないのでいっその事この下界に顕現させ、地下にある箱に閉じ込めて水銀という猛毒を流し込んで殺すという。……しかも、その箱を起動させる為にイリスは人体の8割の血を捧げなければならない。
……最早、求める事が神というより悪魔の方が近いような。
「はぁ……。とりあえず、待機すれば良いんだったかな。…………イリスの出血多量が必要になるまで。」
「ヴィルヘルム、気持ちは分かるがそこだけ切り取んな。……気が滅入るだろうが。」
「とりあえず輸血パックは全血液型の分を用意してますけど……そもそもイリス先輩って何型なんですかね。」
「憎い程に冷静だね……君は。」
「前の検査じゃA型のRh null型だったぞ。」
え、すごぉい。黄金の血だ。さっすがイリス先輩。
「あ、本当ですか? 助かります。じゃあ俺準備してきますね。」
「おい待て、お前涼しい面して全然動揺してんだろ。ちょっと落ち着け。」
「ノア君~。少なくとも2時間はかかるって仰ってたよ、主教様。君ももうちょっと落ち着いて~。」
「……大体、もう既にそこにあんだろ。てめぇもソファ座ってろ。」
「ノア、落ち着こう。俺が既に用意してそこに輸血パックも輸血キットも置いてあるから。一度深呼吸しよう、ね?」




