第12話
「……アルドリック。」
「何だ、AZOTH。ここだと人目が多い、もう少し」
「イリス・ヴォルカの精神に重大な乱れを確認。…………軍事殲滅型子機:《メルクリウス》より何度も警告が出ている。……孤独には滅法弱いらしい。」
「……クソッ。」
可能性としては考慮していたが……少し展開が速過ぎる。
ヴィクトルの船、《黎閃》での船の旅もそろそろ9日。想定よりも海獣への対処に手間取り、AZOTHから聞いているよりもイリスとアルドリック達ではかなり距離がある。……辿り着くまで、今の速度では3日は必要になってくる。
かといって、ここでAZOTHにイリスの進路を変えるように命ずる……事は簡単だが、それではイリスが従わないだろう。
ヴォルカ特務官が自発的に船の進路を変えてくれればまだましだが……それでは此方がラグナレイズ帝国に乗り込む理由も。ヴォルカ特務官が再度、ラグナレイズ帝国に乗り込むのかどうかすらも危うくなる。
「……ままならんな、人生は。」
「アルドリック。」
「AZOTH、もう1機超深海を超高速で航行出来る機体を出して《黎閃》の生体レーダー外のギリギリを泳ぎまくって海獣を殲滅しろ。お前の機体なら帝国から2時間でここまで辿り着けるだろう?」
「了解。……[親機:AZOTHより個体識別コード:CHARONへ。出力最大、隠密迷彩システム最大レベルで稼働の上、個体名:ヴィクトル・アイゼンベルク製掃海駆逐艦《黎閃》探知範囲外を航行し、全ての外敵駆除を命ず。]」
事は一刻を有する。このままもしもイリスが何かしらの拍子に精神状態が悪化し、気に触れて妙な海域に突っ込まれても。そして、まるで自衛も出来ずにラグナレイズ帝国の何者かによって妙な攻撃をされても困る。
一応、その為の《メルクリウス》ではあるが……打てる手は打つに限る。
全く、特務局のじゃじゃ馬娘はどうにも事をややこしくするのが好きらしい。
「ヴィクトル。」
「アルドリック? 何だ、まだ次の襲撃は来てねぇぞ。レーダーも今の所」
「セヴェリウスから緊急連絡だ。……ヴォルカ特務官の気が触れた。未だ詳しい事は分かっていないが1秒すらも惜しい。」
「動力炉の稼働率を50%から90%に引き上げる。冷却炉の稼働率もだ、これ以上はエンジンがやられる。」
「可能な限りで良い、急がせろ。」
「了解……!」
特務局で一番付き合いの長いヴィクトルなら、後は任せれば何とか出来るだろう。元よりこの船はヴィクトルが持つ中で最も速く、最も安定し、最も兵装を積んだ船だ。これで苦労するのであれば後から来る帝国軍や別機動を許している異端審問教会ですらもかなりの遅れが出る。
他に打てる手は……。
急ぎ、艦橋から離れて自室へと戻り、扉をしっかり施錠する。その頃には既に後続を動かし終えたAZOTHも家具の影から現れて指示を待っているようだ。
ぴぴ。ぴ
≪我らの未来は赤き太陽と黒き月と共に。≫
「セヴェリウス、AZOTHがイリス・ヴォルカの精神異常を検知した。作戦コード:黑雪の執行を許可する。多少の環境汚染は許容範囲とする。…………我々よりも先にラグナレイズ帝国へ強襲しろ。」
≪黒き月の御心のままに。≫
「アルドリック。」
「手は尽くした。帝国軍を急がせる事は出来ないがそれ以外は全て急がせた。これ以上は……どうしようも」
「護衛対象:イリス・ヴォルカが現状で笛を吹く可能性は?」
……。
「……ないな。仮に吹いたとしても、まだ吹かない。吹くとしてもラグナレイズ帝国領土内で戦闘が始まってからだ。……そもそも、あの子が本当に吹くかどうか。」
「……吹く。必ず。」
「何故言い切れる? お得意の演算か? あのなぁAZOTH、人間はお前達機械が考える以上に」
「イリス・ヴォルカは既に、何度か笛を護符代わりにその手に握っている。」
「…………あの子が?」
「《メルクリウス》が何度も適性魔導空母内に設置されている監視カメラ越しにそれを確認している。……イリス・ヴォルカは、必ず笛を吹く。必ず、何処かのタイミングで。」
「……全く。神などという偶像に縋るような軍人にはなりたくなかったんだがな。」
「アルドリック、神など存在しない。神は常に何者かが作り出す、それと錯覚しうる強大な力を持つ何かだ。……EL-IX特務官がその証拠だ。」
「分かっている。……なら、何か。私はお前に祈れば良いと?」
「私に必要なのは命令だ、アルドリック。命じれば命じられたままに、ただ私はその命令を必ず最後まで遂行する。……ただ、それだけだ。」
……………………。
「ならばAZOTH、命令だ。イリス・ヴォルカの居る海域に非敵性海洋生物でも追い立てろ。……あの子は生き物が好きだからな、多少はマシになるかもしれん。」
「了解。」




