第11話
「……レーツェル歴2697年12月21日上弦の月、時刻1315。記録……開始。記録者、イリス・ヴォルカ。旧式名称、個体識別番号E13534。海の状態は良好、むしろ不気味なぐらい。もう既に海での航行を始めて10日……予定よりも早く安定した航行状況に伴い、明日明後日にはラグナレイズ帝国が見えてくる位置に居る。……ねぇ、この際海の魔獣でも良い。何処……行っちゃったの。何を恐れてここを離れたの。何を嫌がってここを捨てたの。……何故、どの生き物よりも誇り高く勇敢で、勇ましくも残酷な力強い貴方達がここを捨てる程に脅威とみなしたの。…………私にも、教えてよ。」
初日にこの空母の乗組員……全員敵ではあるが、それを殺したのもあって空母内は常に静けさが包んでいる。床に転がっていた死体は、面倒だからそのままにする予定だったがそれを全て海に放り投げ、空母内の血を全て魔法で清掃しても尚、海の魔獣はやってこない。
これではまるで、島流しのようだ。空母という巨大なカプセルに押し込まれ、何処か遠い所に流されているような……。暗闇ではないのに、暗闇の中に居るようで……イリスは初めて、孤独という概念の恐ろしさに身を晒されている。
アウレリウス帝国に来るまでも、アウレリウス帝国に来てからも、厳密にはイリスが完全に孤独の中に閉じ込められた事は一度もなかった。祖国、ラグナレイズ帝国ではイリスと同じく実験達の子供達が、アウレリウス帝国では特務局があった。……そんなイリスにとって、この孤独は薬品を打たれるよりも辛い。
結果、何か暇潰しを探して見つけたのは未使用のボイスレコーダーだった。かつて、イリスがアウレリウス帝国で行っていた音声記録で正気を保つ事にした。……これまで、無言で。1人で過ごす事はそれなりに慣れていたはずなのに。…………この長い孤独の航海は、イリスの決心を揺らがせるには十分過ぎる程だった。
いっその事、オープン回線で……。……駄目。それで奴らに気付かれて、船を沈められたら……終わり。もう、もうそろそろ幾らあいつらでも通信を拾える距離にある。絶対……オフラインじゃないと。
「……………………これまで、言葉なんて無駄だと思ってた。どれだけ尽くそうと、どれだけ並べようと、使うだけ無駄だって。結局、奪う側の人間なんて皆そう。こっちが少しでも弱みを見せたら食おうとする。……海の生き物よりも、ずっと残酷。」
だから、なるべく人と関わらないようにしてきた。それなのにアルドリックがノアをイリスに引き合わせた時、アルドリックの正気を疑った。こんな事をして、本当にこいつは気が狂っているのかと。
仲間を作る事は、自分の弱点を作る事だ。もしも力及ばず護り切れなかったらそれは人質にされ、最悪の場合には見せしめに殺される。どれだけ大切でも、どれだけ護りたくても、どれだけ力を持っていたとしても、絶対的な力なんて絶対にありえない。……もし仮に絶対的な力を持つなら、それ故に壊滅的な慢心がそこにある。
常に強い奴なんて、必ず勝てる奴なんて何処にも居ない。
「……私は、神様なんて信じない。絶対的に勝てる力なんて、絶対的に護れる力なんて、絶対的にその地位から下されない存在なんて存在しえない。……もし、もしもそんな存在が居るなら何故それは自分にとって都合の悪い存在の息の根を全て止めなかった? それに選ばれなかった存在は、何故こんな生殺しのような人生を与えられる? …………神様なんて、神なんて何処にも居ない。それでももし神が居るなら、それはただの怠慢だ。慢心と怠慢と怠惰の塊、世界の調律なんてまるで気にしない。誰かが作った偶像の塊だ……!!」
だから私が、
「……………………だから私が、今から神を殺しに行く。怠惰な神を、そんなくだらない物を信じる全てを殺しに行く。その為にわざわざラグナレイズ帝国に戻るんだ。あの国を、全て抹消する為に。全部殺して、全部野晒しにして、あいつらの好きな串刺しで神とやらに晒してやるんだ。“お前の選んだ民は皆殺しにしたぞ”って。“高い所から見てないでさっさと降りてこい、今度はお前の死体で大陸でも作ってやる”って。……何処かの神話にあったように、神の死体は新たな大陸を生む。なら……そうしてもらおう。高い所から見下ろしてるよりも、ずっと価値がある。…………生きてるだけの有象無象なんぞに運命とやらを決められてたまるものか。」
私は
「…………………………………………私は、その為の生贄なんだ。」
――果たしてこれは、本当に覚悟なのだろうか。




