第10話
「……おかしい。」
この空母を占拠してそろそろ4日、既に海獣達の暴れ回る海域は何度も通過しているというのに、未だに海獣の1匹すら視界に入らない。これでは、こんなにも海獣を撃退する為の設備を積んだこの船が馬鹿みたいだ。
もしや、この数年で海獣達が生息域を移したのだろうか。いや、それにしてもあまり極端が過ぎる上、奴らが生息域を移すのはいつだって何かしらの……自分達よりも遥かに強い何かか、水質を汚染しうる何かが現れた時だ。今の所、その様子は全くない。
5年未満で脅威が改善された……? いや、その程度の何かに怯えるような弱さは海獣に存在しない。
そもそも、海の魔物はどれもこれも地上や空を駆ける魔物とは根本的に性質や習性が異なる。海という、陸上や空と比べて視界が暗くも明るくも見えるこの場所では、それぞれ深度やその水温などによって覇者がはっきりしている。知的生命体よりも……遥かにシンプルだ。
原則、奴らは自分達が絶対に勝てないと本能的に悟るか。又は自分達の生存が危ういと本能的に察知出来る物でなければ脅威と満たさない。その為、こんな空母のような船がなければまともに海も渡れないような存在を奴らは脅威とみなさない。
だからこそ、奴らはどれだけ巨大な船であろうと平然と襲い、転覆させ、可食部であるその船に乗る生き物を揺すり降ろして惨たらしく喰らい尽くす。……奴らは理解しているのだ、所詮この船はただの箱、喰うべきは。殺すべきはその中に居ると正しく理解している。
それなのに、4日間ただの静けさに包まれている。
けど……レーダーには何も映らない。
「空も海も、何も居ない……。深海……? いや、でも深海探知なんて、それこそアウレリウス帝国か南の海洋国ぐらいしか……。そもそも、深海を……超深海を航行出来る存在なんてそんなに居ない。魔獣ですら、時々息継ぎに上がってくるのにそれもない。海水や水質の変化……? クソッ、この旧世代空母が。いつの時代を生きてやがる。」
決して、この空母が旧世代という訳ではない。……あくまで、アウレリウス帝国にある物が最先端過ぎたのだ。それをイリスだって理解してはいるが、それを差し引いたとしてもこの技術力の格差はあまりにも大きい。
本当にこれが私の恐れてたラグナレイズ……? こんなの、普通に戦争したとてアウレリウスの方が強いでしょ。
なかなか辛辣である。
それもこれも、これまで色々と自由な環境でのびのびとやりたい事をやり、その結果色んな物を作って周囲を。アウレリウス帝国を劇的に変えてきた特務局という当たり前による影響が大きいだろう。それぐらい、あそこでの生活はイリスの中で大きくなっていた。
如何せん、この航海は今のイリスにとってあまりにも暇過ぎるのだ。あまりに面白くなくて、あまりにもつまらない。何の変化もなく、何の進展もない。こんなあまりにも愚鈍な環境はイリスにとって毒にしかなり得ない。
武器の整備はもう全部終わったし……空母の探索も終わった。何かあった時の為に爆弾だって仕掛けたし……改造するにも材料が鉄くず過ぎて話になんない。
「……………………帰りたい。」
めんどくさいって言って、帰りたい。我儘を言って、また癇癪を起してやって、困りつつも何故か離れない特務局へ帰りたい。
「……私が何もしなくたって、誰かが代わりに全部片付けてくれれば良いのに。」
そんな、叶わない願いを望むぐらいには……あそこはイリスにとってかけがえのない物になっていた。
「………………………………かえり、たい。……帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい……!」
でも、
「……………………やらなきゃ。私がやらなきゃ……私が行かなきゃ、何も変わらないんだ。後で楽になる為に……後で後悔しない為に行くの。だから……割り切って、イリス。私が、個体識別番号E13534じゃなくなる為の儀式みたいなもんなんだから。」
意味の分からない儀式は、今に始まった事じゃないでしょう?




