第7話
……そうか。ヴォルカ特務官は……イリス・ヴォルカはラグナレイズ帝国の人間だったか。
「……通りで人間性の欠陥が激しい訳だ。」
「……アルドリック。」
冷たく鋭い、無機質な声。ただそれはアルドリックを咎めている訳でもなく、アルドリックに何かしらの怒りがある訳でもない。ただ……それがデフォルトなのだ。
丁度、自分以外は誰も居ないと思っていた主任室で最低限机の上を片付けつつも出立の用意をしていたアルドリックがその声に反応して上を見上げる。驚く訳でもなく、絶望した様子でもなく、ただ何気なく呼ばれたから反応する程度の軽さで。
そこにあるのは……天井に張り付いているのは、複数本のアラクネを彷彿させるような骨格だけの水銀で出来た腕と。夜を纏うような長い、天井からアルドリックの机にまで届くような髪を持つ長い蛇体の異形。その髪の影響と、唯一何処でも機能する認識阻害回路の影響でその表情は伺えない。
……あぁ、
「AZOTHか。」
「……アルドリック。個体名:イリス・ヴォルカは彼の国、ラグナレイズ帝国の被害者だ。あれは決して15年前の事件に関係していない。」
「……分かっている。私が今、腸を煮やしているのは“またあのラグナレイズか”という点と、“また私の大切な物を奪おうとするのか”という至極全うな怒りだよ。」
「……訂正を要求する。前者は誤りだ。――あの時の報復だろう。我が創造主、アルヴァリウス・セラフィス・アウレリウスが齢5歳で戴冠する事を強要させたあの時の。」
「……齢5歳とは言うけれどね、AZOTH。我々竜人の年齢は100年で1歳だ、人間の年齢で言えば既に成人など疾うに過ぎている。」
「それでも、創造主はまだ幼かった。……成人の基準は人間と同じ、竜人という種に当て嵌めれば2000年を要す。」
「あの子に比べれば私など……まだ、子供のような物さ。私はあの子の母親、アシェリアと違って後天性の竜人。それでも一応はその遺伝子を引き継いではいるからそれなりに長くは生きているが……実際、あまりあの子と私の年齢はそこまで変わらないのだよ。」
「……………………ラグナレイズ帝国は、そのアシェリア皇妃殿下を暗殺し、あまつさえ当機の創造主アルヴァリウス・セラフィス・アウレリウスの暗殺を試みた。そして、それを阻止したのは……創造主の叔父であるお前だ、アルドリック。」
「……もう少し早ければ、私はアシェリアも救えたんだ。」
「……アルドリック。」
「あんな日に……任務さえ、なければ。あんな日に、義兄が国外に出ず、いつも通り主宰らしく皇城に居れば。……あんな悲劇は、起きなかったんだ。」
「…………アルドリック、それでもお前は創造主を、アルヴァリウス・セラフィス・アウレリウスを救った。あの悲劇を繰り返さぬ為にセヴェリウス・アスタロトは親衛隊を辞め、異端審問教会を設立した。……あの悲劇を繰り返さぬ為、創造主とお前は特務局を。そして当機を設立し、製造した。あの時とは大きく状況が異なる。」
「あぁ、そうだ。……あの時にはなかった物が、今は溢れんばかりに存在している。」
あの時、あれだけ求めた物が……こんなにも。
そもそも、あの事件は謎が多い。そもそも何故ラグナレイズ帝国は遠く離れたこの国にわざわざやってきて、アシェリアを殺したのか。そして何故アルヴァリウスを狙ったのか。
少なくとも、数年前にイリスがこの国へ来たのはあの時殺し損ねたアルヴァリウスを殺す為に送り込まれたから。……しかし、奴らの精神調律が中途半端だったお陰でそれはなし得なかった。今回のこれは、そんなイリスを回収する為。
……しかし、何故今になって? アルの暗殺に失敗したかどうかなど一夜で分かるはずだ、それなのに何故数年も様子を見た?
「……イリス・ヴォルカを貴重な被検体として回収し、解析の上で次の暗殺計画をより確実な物とする為。」
「アルドリックの仮説を強く支持する。ラグナレイズ帝国はこれまで、暗殺ばかりを行ってきたが……諜報という意味では非常に能力が劣る。その点、イリス・ヴォルカはこれまで数年に渡り、特務官として名を馳せる程の実力と有用性を見出した…………それを解析、研究、解剖、再構築する事で同パターンの量産を試みると推測する。」
「全く、宗教国家で医学や軍事力の発展してる国はどいつもこいつも悍ましくて反吐が出る。……AZOTH。余計に奴らへイリス・ヴォルカを好き勝手させる訳にはいかない。」
「理解している。当機の軍事殲滅型モデル《メルクリウス》は当初の予定通り、問題なくイリス・ヴォルカを乗せたラグナレイズ帝国所属大型空母を深海より継続して追尾中。現状、敵に捕捉された様子も確認出来ない。よって、未だ認知されていないと推測。」
「予定通り、イリス・ヴォルカがあの笛を吹いた場合。又はイリス・ヴォルカ及び合流予定の特務官達での自力対処が不可能だと判断した場合、“神として”戦闘に介入しろ。……傷付けられるのも気に入らんが、それで自由を縛る理由にはならん。」
「了解。」
「……それと。」
「……?」
「……自我のない少年兵は皆、イリス・ヴォルカのように特殊個体としての価値を見出されなかった失敗作だそうだ。後に死体を集めて全てここへ持ち帰り、火葬して墓を作る。殺害に関してもなるべく傷は最小限にしつつ、決して捕食しないように。帝国軍の方でも回収するように務めるが、お前の方でも回収するように。」
「了解。」
……長かった。あまりにも、本当にどうしようもなく長かった。
「……アシェリア、君の仇討ちだ。こんな形でしか愛妹の死に報いれない愚かな私を、どうか見守っていてくれ。」




