第5話
チリンチリーン。
「……。」
「……。」
「……さて、入るか。」
「ちょちょちょ、ヴェルカーさん!? お屋敷の奥の方に居てこっちに気付けてないだけかもしれないですし、中で移動中かもしれませんよ!?」
「ふんっ、路上で突然死体を解剖するような異常性がある割にはまともな事を言うんだな、アルヴェルト。」
「う、うぅ。それは仰る通りですけど……大丈夫なんですか? その、帝国法に触れません?」
「特務官は皇帝の特権を一部借りてる身だ。不法侵入及び強制家宅捜査程度で手錠を掛けるような奴が居れば、それこそ皇帝に対する反逆罪で特務官に生意気やった奴が処刑になるのさ。」
「特務官ってそんな権利あったんだ……。」
法律については浅いらしいなぁ、アルヴェルト君? そこは兄貴にちょっと謝った方が良いんじゃねぇか?
侯爵というのもあり、馬鹿みたいに広い敷地だが意外とと言うべきか。それとも、見た目だけは繕って生きているように見せかけたかったのか、今も時々使用人が整備をしているような整い具合の立派なお屋敷、アルタル侯爵家。
しかし、門扉に備え付けられている風鈴状の魔力で機能する呼び鈴を鳴らしても来ないという事は……それに本来備え付けらているはずの子機を身に着けている者が居ないという事。その時点で、中に人が居る可能性はかなり低い。
侯爵という身分である以上、来訪者は基本的に多い。それが侯爵にとって必要か不要かはさておき、今回のように特務官や稀に親衛隊、機動隊の類が訪れる事もある関係から屋敷が無人になる事はまずありえない。
それがありえてしまっているという事は……そういう事だろうな。
変な所で一般人としての感覚が仕事をしてしまっているノアも多少感じる所はあるのか、それとも先程の特務官の権利の話で怖気づいたのか。今回は止める事もなくイリスの後に続いて敷地内に足を踏み入れる。
長い、それこそ皇城にある謁見室までの通路のような庭を通り抜け、両開きの大扉を――開いた。
「これ、は……。」
「良かったな、アルヴェルト。少なくとも不法侵入の心配は必要なさそうだ。」
実行犯も、実際にここへ踏み入られる事は予想していなかったらしい。扉を開けるや否や、本来は大広間であろう玄関ホールは廃墟その物。物は壊れまくり、シャンデリアが落ちて床に寝そべっている。
かなり激しく墜落したのか、その備品であろう装飾の類が壁の端にまで到達しているのも確認出来る。これは、自然に落ちたにしては勢いが過ぎる。
幸いにも被害を受けているのは家具の類だけらしく、床が抜けていたり。階段が崩れていたりはないようだ。
……お。
「アルヴェルト、仕事だ。」
「どうされました?」
「あのシャンデリアの中心に死体がある。……人狼だな。それも、右足と左腕はまだ人間の形状だ。種族転化の失敗例と見て間違いなさそうだ。」
「ヴェルカーさん、俺がシャンデリア動かすと大きな音が鳴りますけど……大丈夫ですか?」
「良い判断だ、使われてやろう。」
どうやら物体に対する重力操作魔法には慣れていないようで、くいっ、とイリスが人差し指を動かすなりシャンデリアがそのままの状態で空中を浮遊し、壁の脇へと寄せられる。
やはり、シャンデリアの下敷きになっていたのは出来損ないの人狼で間違いはなかった。どうやら右足と左腕に限らず首や片目も人の形を保っており、死因は胸を貫いているシャンデリアの骨組みの1つだろう。
問題は、何がどうしてシャンデリアに飛びついたのか……だな。人狼は見た目よりも重い種族だ、少なくともアルから適切な手法で種族転化した場合であればその体質を与えられる前に諸々を教えてもらえるはずだが……。
ノアがシャンデリアを運ぶのを渋ったのは、本当にただ音だけを気にしていたらしい。明らかにイリスやノアよりも大きく、そして重いはずの成り損なった人狼の腕を掴んで自身の肩に回し、そのまま軽々と死体を仰向けにしてみせる。
どうやら死体は人狼へと変貌する前に上を脱いでいてくれたか。はたまた、変貌する過程で破れてその残骸を何処かに忘れてきたのだろう。慣れた手つき、そして迷いのない手つきですっ、と鎖骨から腰までにメスが入り、いとも簡単に開かれるその様は肉体ではなく紙でも裂いているような手腕だ。そんなに刃渡りの短いナイフでそう簡単に出来る事ではない。
「……この死体も心臓が黒く変色して大きくなってます。でも、人狼だったら全然許容範囲だな……。……あれ?」
「何だ。」
「この死体、肺が極端に収縮してます。……水、かなぁ? 何か中に溜まってますね。あれ、ヴェルカーさん。何だか渋い顔されてますけど……どうされました?」
「……何の抵抗もなく死体の肺を揉んでたら流石に誰でも気味悪がると思うが。」
「あ。す、すみません。俺、あんまり死体って元生物っていう感覚がなくて……。そ、そうですよね。仏様ですもんね、もうちょっと丁寧に扱います。」
「いや別にそこはどうでも構わんが……。」
特に、この死体は犯罪者の可能性もあるからなぁ。
「……ヴェルカーさん。この死体の肺、開いても良いですか?」
「……何故?」
「何か、魔力の気配がするんですよねこの水。後……石みたいなのも入ってるような気がして。」
まだ触ってやがったのかこいつ。
とはいえ、肺に水が溜まる病気は確かにあるが魔力を含んだ水が溜まるという話は聞いた事がない。ましてや、その中に石が入っているなんて話も。
「……許可する。だが、直ぐに離れろ。」
「了解です。じゃあ、開けますね。」
またしても、すっ、とノアのナイフが自然と縦に綺麗な目を入れる。ただ今回は手で開くような事はせず、ナイフを少し刺して開いて――直ぐ、背後に跳躍する。
魔力というのはまだまだ研究段階の物で、ある時突然変異を起こす事がある。その突然変異した物を――瘴気と呼ぶ。
見た目こそはガソリンのような、少し粘り気のあるタール状の液体。しかし、そこから溢れ出す匂いは戦場のような死体と、硝煙と、そして血の匂いが入り混じったような悪臭で、最も危険視すべきはその土地に留まる事。
共にイリスも数mに渡って跳躍し、直ぐにその範囲から離れつつも懐から取り出した瘴気浄化剤の入った手榴弾をその死体へ向けて放り投げ、普段は指輪状にしている武器。可変魔導兵装に魔力を込めてサプレッサー付きの魔導拳銃に変形させ、手榴弾を撃ち抜く。
本来であれば着地と共に破裂するはずの手榴弾は空中でその中身を霧散させ、瞬時に肺が開かれると共に霧散していた霧状の瘴気が消え。ただ、液体状の瘴気のみがそこに残る。
……はぁ。
「身体能力もそれなりに高いようだな。」
「これはその、主教様に鍛えられて……。あの人、とんでもない速度で動かれますから。」
「良い経験だ、そのまま鍛えろ。」
「はいっ!」
「それで……あの赤紫色の固体が例の石だな。」
「です、ね。でも……どうします? 俺、あの液状瘴気の中からあの石を安全に取り出せる装備、ないですよ。」
「私もない。だが、あれがある。」
「あれ?」
元々この屋敷の使用人が使っていたであろう、干した洗濯物を叩いて水分を逃がす布団叩きらしき物を引き摺り出してきて、そっと掬い上げる。
「……ヴェルカーさん、よく見つけましたねそんな奴。」
「特務官はあの拠点でしか生活しない奴が殆どだからな、洗濯物の類も自分でするんだよ。」
「え。じゃあその布団叩きも使うんですか?」
「いいや? 魔法で洗うし乾かすが。何なら一部機械化されていてほぼ全自動だが?」
「う、羨まし過ぎる……。」
「さて、この石は……ん?」
「どうされました?」
「……魔石だ。」
「え、魔石って……あの魔物の体内で生成される魔石、ですよね?」
「あぁ。…………魔物の肺の中に出来る場合と心臓が死亡時にそのまま魔石化する場合のどちらかで。」
「え。……じゃあこの人。」
「……あぁ。種族転化ではなく、魔物化しているようだな。」




