第4話
「……遅いなぁ、イリス先輩。」
直ぐ戻ってくるから待っとくようにって、言ってたのに……。
まぁしかし、今日はノアとしても酷く驚いた。まだ特務官になって浅いノアから見てもイリスがどれだけ異端審問教会を毛嫌いしていて、どれだけあそこに立ち寄らないのかを知っている。
それなのに、朝わざわざノアの元へ訪れたイリスに異端審問教会の本部の位置やセヴェリウスの出勤タイミングを聞かれた時は酷く驚いた。それでも、ノアにはイリスに答えられない事などない上、異端審問教会の本部はこの帝国の子供でも知っているぐらいには珍しい物でも複雑な物でもない。
……胸騒ぎがする。
今思えば、ノアはあの時どうしてあそこに立っていた人をイリスだと認識したのだろうか。あそこに立っていたのは……過去、ノアと任務をする時に偽名ヴェルカーを名乗っていたイリスだった。
そっか、眼鏡。認識乖離魔導回路が施されてるあの眼鏡だ。……けど、
「ノア、ここに居たか。」
「ヴィル先輩……? どうされました?」
「君、イリス見てないかい?」
「イリス先輩なら朝から異端審問教会に行って帰ってきてないですよ。」
「異端審問教会……? 何でまた……。」
「“聞いておかないといけない事があるから”ってお話でしたけど……どうされました?」
「所属不明の艦隊と航空機が北東から向かってきてるって通達があった。」
「え。」
「まだ何もされてはいないけれど……総員迎撃態勢を整えておくようにって。勿論、狙いがこことは限らないが……十分戦争出来る艦隊規模だそうだ。こちらからの通信にも応じないそうだから、少なくとも平和的には終わらなさそうだよ。」
「異端審問教会、見に行きましょう。ご一緒していただけますか?」
「勿論。俺も普段、あんまり異端審問教会には行かないからね。」
「あれ、じゃあもしかして特務局の皆さんって全員そんな感じなんですか?」
「うーん……と言うより、ほぼ全員が無宗教だからね。君とイルメリナぐらいだし、そのイルメリナも“黑棺”内に祭壇設けてこっちで祈るから。」
イルメリナ先輩は信心深い方なのか……。
「でも……あのイリスが異端審問教会、か。呼び出されたのかい? それとも自分から……ってそうか、聞いておきたい事なら自分からか。何か聞いてない? その……内容について。」
「いえ……。ただ、ちょっと違和感が。」
「彼女が異端審問教会へ行く以上に?」
「はい。あの人、認識乖離魔導回路が施された眼鏡してたんですよ。俺、それでも何となくイリス先輩だって確信があって……。」
「え……。イリスが、“黑棺”内で認識乖離魔導回路が施された眼鏡を?」
「はい。あの魔導回路、見慣れた人には効かない事があるん……あれ、ヴィル先輩? どうされました?」
「……ノア。イリスは本当に魔導乖離魔導回路の施された眼鏡をして君に会ったんだね?」
「は、はい。そう……ですけど。」
あの眼鏡と魔力は……そうだったと思うけど。
「ノア、“黑棺”で認識乖離魔導回路はスパイ侵入防止の為、別途無効化処理が施されている魔法だ。」
「……………………え。」
「……恐らく、君が認識乖離魔導回路だと思った物は――認識固定魔導回路だ。それを見た物に、特定の認識をそうであると思い込ませる魔法。状況から察するに……君は、違和感を中和されたんだ。」
「違和感を、中和?」
「――彼女は朝、1人で起きれない。そして、決して君に嘘を吐かないという認識を固定された。彼女が誤魔化したのは見た目じゃない、鋭い君に何かを気取られない為だ。」
「なっ……!!? じゃ、じゃあイリス先輩は」
「黑棺」上空を、騒がしい音を立てて所在の分からない黒い航空機がかなりの速度で通過する。攻撃ヘリというには分厚く、戦闘機というにはあまりにもごついそれは真っ直ぐ皇城と街を隔てる城壁まで飛び、ゆっくりと高度を下げる。――着陸する気だ。
「ノア。」
「所属不明機体で間違いなさそうです。あの装甲……結界付きですね。ヴィクトル先輩の魔導砲なしでは撃ち抜けません。」
「ならやる事は1つだ……!」
「はい!」
弾倉から撃ち出された弾丸の如く、地を蹴って走り出す。
それでもここから向こうまで車で走っても10分の距離だ、――正直、航空機が飛び立つ方が速い。
イリス先輩……!!
「うん、まだ敵は着陸してない。今なら狙えるか?」
「ヴィル先輩……?」
「ならヴィクトル――撃て。」
後方からの、周囲の魔力を焼き尽くしても尚足らぬ程の高出力魔導砲が。圧縮される過程で赤から青に変色する超純度、超圧縮されたビーム状の魔導砲が空を裂く。
先の航空機よりも遥かに速いそれが――着弾、しなかった。
大方、あの航空機に結界魔法に長けた人物が乗っていたのだろう。着弾寸での所で航空機を瞬間的に覆い尽くすように発生した結界によって派手に反射し、斜線を航空機から空へ。その威力を利用して着陸速度を速めつつ……どうやら、完全な着陸ではなくホバリングで事を済ませたらしい。
航空機前方と後方、それぞれに搭載されている巨大な魔導スラスターで数百mを急降下し、一気に北東方面へ向けて消えていく。
くそっ……!!
「……いいや、当たったよ。当たったけど逆に利用された。ヴィクトル、直ぐにアルドリックに進言して軍備を整えておいてくれ。今ので大体の方角が分かるはず、俺達はこのまま現場に向かって痕跡を調べる。……うん、宜しく。それと、ノアからイリスが朝早くから異端審問教会で少し話をしたらしいって。……何か分かるかもしれない。そっちにも聞き込みを。」
「……ヴィル先輩。」
「ノア、君の出番だ。俺も血液と死体なら力になれる。……少なくともこの一瞬で証拠の抹消までは出来ない。せめて、奴らが何処の国から来たのか。そして、イリスがどんな状態なのか情報を集めよう。」
「はい……!」




