第27話
「……脅かしといて変な話だが、そんなお前に頼みたい事がある。」
「はい、何なりと。」
「正直な話、俺達特務官は……あんまりイリスの素性ってのを知らん。エリクスは機械精霊だからそもそも別次元、トウマは極東の国、ヴィルヘルムは異界の生まれだ。こいつらはイリスの何も知らない。……けどな、俺やヨハン、イルメリナはこの国の出身だ。俺達も色々気になってこれまで何度かイリスのパーソナルデータを、あいつの出自について色々調べたが何も出てこなかった。」
「イリス先輩の……?」
「あぁ。あいつは絶対、何かある。……アルドリックですらも掴みきれていない何かが。」
「……あの、ヴィクトル先輩。何故……そんなにイリス先輩の過去を?」
気になるという気持ちはよく分かる。これまで幾度となく必死になってイリスの書いた論文を探し回り、漁り回り、何なら一言一句全て暗記しようとすら試みたノアにとって、その人生においてイリスは何者にも変え難い一等星。
しかし、だからと言ってただ自分の知識欲を満たす為に他者のプライバシーやプライベートに踏み込む程のデリカシーのなさは流石のノアも有していない。むしろ、その手の物は許さないタイプだ。
それでも、ヴィクトル先輩が仰るという事は……何か理由があるんでしょう?
「……あいつは恐らく、まだ自分の祖国に囚われてる。それが何なのかまだ分からねぇが、それが理由であいつは人を信じる事が出来ない。時には俺達を見て一瞬怯える時もある。……十分な証拠が揃ったら皇帝陛下に直訴して戦争を願う。」
「……。」
「何度も言うが、お前もイリスと特務局の仲間だ。……同じ建物で共に過ごし、割と遠慮なくじゃれあってんのに本音隠されて、その本音や秘密が呪いみたいにぶら下がったままなんて惨たらしいだろ。」
「ヴィクトル先輩……。」
「この際、俺のエゴでも厚かましさでも何でも良い。……こいつが何かに怯えなくて済むならそれで良いんだよ。」
「……拝命しました。ヴィクトル先輩、俺にも手伝わせてください。そのイリス先輩を苦しめる邪魔な呪縛を特定して断ち切るの。イリス先輩が過去の亡霊風情に壊されないように。」
「頼りにしてるぜ。」
「はいっ!」
「とまぁ……色々共有した訳だが、問題はどうやって特定すんのかだけどな。」
「う、う〜ん……。」
一番良いのはイリスから聞き出す事だが、そもそもそれが出来れば最初から誰も苦労なんてしていない。かと言ってそれらしい国を全部回ってイリスが昔、ここで生活してなかったかどうかを聞いて回るなんてあまりにも阿呆過ぎる。
そんな事をして何者かがイリスを奪還にでも来たら……それこそ戦争だ。少なくともわざわざこんな特務局と特務官を設けるような皇帝が、それを理由に発生する戦争を惜しむはずがない。
むしろ、二度と生意気が利けないように原型すら残さないんじゃ……。
「……や、だ。…………嫌ぁ……。」
「イリス先輩?」
「イリス……!」
人間より信用出来るリュウセイ種の懐に居ても、未だ祖国の毒牙はイリスに牙を立てるらしい。
リュウセイ種に縋り付き、身を小さくして眠りながらはらはらと泣き出してしまうイリス。これには傍に居た他のリュウセイ種も反応し、近寄って顔を寄せたり。尾でイリスを撫でて慰めようとする。
他のリュウセイ種の元で眠っていたヴィルヘルムも目が覚めたようで、慌てて駆け寄って額に手を添えている。
「ヴィルヘルム。」
「……熱はなさそう。けど……。」
「……あんまり気は進まねぇが、一旦起こすか。」
「イリス、イリス。……起きてくれ、イリス。」
まだ、イリスの意識は半分以上夢の中なんだろう。ヴィルヘルムに優しく体を揺らされ、ぼんやりとだが目を開けたイリスの瞳はまだ、多少縮小している。ここが眩しいのもあるのだろうが、上体を起こしてもふらふらと大きく横揺れしていて……ついぞ、バランスを崩れる。
リュウセイ種が咄嗟に身を寄せ、ヴィルヘルムが抱き留めた事で事なきは得たが未だイリスの意識ははっきりとしない。震えながら、諦めきったような絶望した様子で表情を緩めてその懐に身を埋める。……決して、本当はどうなりたくないだろうに。
イリス先輩……!
「イリス、起きろ。今お前が見てんのと現実は別だ、しっかりしろ。……目ぇ覚ませ。」
「イリス、諦めないでくれ。……ここは帝国だ、アウレリウス帝国の帝国魔導特務局研究所“黑棺”の格納庫だ。ほら、君と共にしてたリュウセイ種も心配してるよ。……君は、何にも縛られちゃいないんだ。」
「イリス先輩。……イリス先輩、温もりの識別を怠っちゃ駄目です。この温もりは、ここはイリス先輩に何かを強制する温もりじゃないですよ。」
イリスの呼吸は、まだ荒い。荒く浅く、そしてか細くて今にも途切れてしまいそうな様子で、よりヴィルヘルムの腕の中にしっかりと抱き込まれて。まるで祈るように包まれて少しは落ち着いたらしい。
ふと、開いていても何も見えていない様子だったイリスの瞳孔がじんわりと開いて。――焦点が合う。
「……………………ヴぃ、る?」
「イリス……! そうだよ、ヴィルヘルム・ローゼン。ヴィルだよ。」
「ったく、心臓に悪い奴だなお前は……。」
「ヴィク……。……ノア。」
「イリス先輩、ここは“黑棺”です。……何も、怖い物なんてありはしませんよ。」
流石に失礼かと思う反面、今のイリスをこのまま深い所まで滑り落ちさせてはならないと直感的に判断したノアがそっとイリスの頬を包むように手を添える。何度かなるべく刺激しないように、優しく親指を頬で撫でて……イリスもようやっと肩の力を抜けたらしい。
最初こそは殆どヴィルヘルムに抱き上げられるような体勢になる程、体重を明け渡していたイリス。それも段々と落ち着きと安定を取り戻し、今ではちゃんと自力でその場に座っている。
……良かった。ちょっとは落ち着いたみたいですね。
「……しょう、かい。……格納庫の紹介……おわっ、た……?」
「いや、まだ俺の」
「終わりました。……終わりましたよ、イリス先輩。ただ……イリス先輩もヴィル先輩もお疲れみたいですし、リビングに一度戻ります?」
「……そうだな。向こうの方が出入口から遠いし、特務官も増えっから今のお前には丁度良いだろ。」
「ヴィクも……つか、れた。」
「そう……だね。ちょっと寝不足が祟っちゃって。」
「……じゃあ、戻る。」
「良し、行こう。俺が運ぶからイリスはそのまま身を委ねてて。」
「……ん。」
「……丁度昼飯時だな。腹に物でも入れて、ちょっと休もうぜ。」




