第25話
「イリス。……イリス。」
「…………んん。」
「ほら、着いたよ。」
起こすんだ、なんて思いながら歩き出したヴィルヘルムに着いていこうとして……ふと、ヴィクトルに腕を掴まれる。反射的に振り返れば見るべき方向を示すように指を差され、素直過ぎる程にその先を追えば……ほぼ全てのリュウセイ種が此方を無表情で見ている。
その大きさもあってなかなかの迫力だが、あの瞳に映るのは……
「……警戒。」
「お前はまだあいつらに特務官だって認知されていない。……このまま俺の隣に立ってろ。あいつらがお前を特務官って理解するまで。」
「はい、了解です。」
まるでこちらの正体を探るように、次に何かしらの動きを取れば弾かれるように動きそうな彼ら。先程までのゆったりとした雰囲気は何処へ行ったのか、毛が風もないのに靡いて全身に魔力を巡らせているのが分かる。……あれは、完全に直ぐ戦闘出来る体勢だ。
一方、特務官として認められ。彼らに保護対象として刻み込まれているらしいイリスとヴィルヘルムが近付いてもリュウセイ種は極端な反応を見せない。むしろ……懐かれているらしい。
リュウセイ種の群れの真ん中でヴィルヘルムが多少寝惚けた様子のイリスを降ろすや否や、直ぐ近くに居た個体が立ち上がって寛いでいた時よりも1周り高く、大きく見える。
そのまま数歩近場に歩いてきたリュウセイ種は直ぐ近くに腰を落ち着け、その頃になってようやっとリュウセイ種を認知したらしいイリスが伸ばした腕に自ら顔を寄せる。イリスがそのまま身を寄せよう物なら掬い、包むようにやんわりと甘えながらそれを許してその身にイリスを誘導する。
寝惚けているのもあってなのか。それとも、人間以上に信じられるからなのか、ぼふっ、と効果音が付きそうな程にその毛並みへ沈んだイリスは浮かび上がってこない。完全に体重を預け、より脱力するその身が地に触れてしまわないように。崩れてしまわないよう、顔を近付けて……そこへ、イリスがずり落ちる。
体重はリュウセイ種の顔へ、背中はリュウセイ種の体と毛並みに任せて眠るイリスの表情に先程見た悪夢の気配はない。酷く安らかで、酷く穏やかで、リュウセイ種の長毛がまるで毛布のように柔らかくイリスを包み込んでいてあれは……そう簡単に目覚める物ではないだろう。
良かった。ちゃんと……あるんですね、気が緩む場所。
そうこうしている間に、今度は俺達から一番近い所に居るリュウセイ種が身を起こす。すたすたと歩いてくるその足はかなりの大きさで、よくよく見ると大昔に存在していたという恐竜を思わせるような肉を抉る事に特化したような巨大な鉤爪が床に触れてがち、かち、と音を鳴らす。
……ちょ
「ヴぃ、ヴィクトル先輩? ヴィクトル先輩っ? き、来てます、こっち来てますよ!?」
「おう、そうだな。」
「悠長にしてる場合ですか!?」
「分かり易く動揺してっと噛まれるぞ。」
「っ……!!」
せめて、超至近距離で睨みつけられるのは嫌だと目を閉じてしばらく。その爪の音が……目の前で止まる。
聴こえる息遣いも、目を閉じた事でより鮮明になったリュウセイ種の毛並みから無尽蔵に溢れ出す魔力の気配も本当にノアから1mも余裕がない。こんなの、食べてくださいと言っているような物だろう。
……でも、ノアに降りかかった感覚はそんな凄惨な物ではなかった。
完全に直立不動なノアの顔が、体の前面がふわりとした柔らかい物に埋め尽くされる。恐らく顔の……丁度、鼻から目までの間にある広い範囲に当たりそうな所がノアの右手に触れ、撫でてと要求するように擦り寄ってくる。
思わず撫でて……目を開ければ、視界は真っ白だ。
……あれ?
「……ちょっとー?」
「うし、大丈夫そうだな。もう覚えたから跨ろうと命令しろうと問題ねぇぞ。」
「……。」
「……ノア?」
「……何か、幸せに包まれるってこんな感じかなって。」
「……………………疲れてんのか、お前。」
「別にそういう意味じゃないですっ!」
「本当か?」
「嘘吐いたって仕方ないじゃないですか……!!」




