第19話
「シュタール主任!」
「うん、着いてきているよ。……失礼するね。」
竜人の脱皮は一気に行われる物ではなく、じわじわと侵食するような病的進行度で侵食する物らしい。リビングからイリスの部屋へ移動する道中で徐々に鱗の剥離が進み、道中にはイリスの部屋へ近付くに連れて剥離した鱗の数が増えて痕跡が残ってしまっている。
その間に発熱も酷くなっているらしく、どちらかと言えば色白なイリスの肌が赤く、所々からゆっくりと肌荒れのように柔肌から鱗が発生し、次第に鱗の形を取って剥離する。
自分の体温で鱗を剥がして、落としてる……?
「……その様子だと多少は呑み込めてそうだね。」
「竜人の鱗は……熱に弱いんですか?」
「いいや? むしろ強い方だけれど、どちらかと言えば発熱に応じて鱗と柔肌を接続している膜を溶かして剥がれていくんだ。それ故、熱の伝わりにくい尾や角はなかなか鱗の剥離が上手くいかなくてね、膜ごと浮いて剥がれるから一般的に市場に流通している蛇革などと同じ状態になるんだ。」
「……。」
「ヴォルカ特務官はよく自分の皮を研究に使ってたりするよ。掻く言う私もだけれど。如何せん、皮を狩る為に竜人系統の生き物を殺すよりも定期的に剥がれる自分の皮を保管しておく方が楽でね。」
「なら……他の部分は膜を伴わない、ただの鱗として?」
「そう。一応、本物の竜人は親の脱皮した皮で小竜が遊ぶらしいけれど……生憎、私も文献でしか見た事がないね。」
……この人。
「……シュタール主任。」
「何かな。」
「焦ってないですよね。驚いてもないですし、むしろ今で良かったみたいな事を考えてらっしゃらないですか?」
「……面白い見解だね。何故そう思う?」
「他の先輩方として、あまりにも落ち着いていらっしゃると同時に……本来、こういう場では幾ら俺が望んだと言えど、そこまで悠長かつご丁寧にご説明が戴けると思わないので。」
ヴィクトルには踏み込むなと言われたが、これは決して踏み込みではない。確認だ。
他の特務官達も多少、テキパキとした様子はあったが焦りや心配、多少の不安はちゃんとあった。しかし、目の前でイリスをベッドに戻すアルドリックにそういった心配や不安の色は、――ない。
まるでようやっと寝付いた子供をベッドへ戻すような、その程度。この人は何かしらの危険性を一切考慮していない。
同じ後天性の竜人だから……? いや、それとも付き合いの問題……? さっきもそうだったけど、シュタール主任は……誰よりも、イリス先輩の事を把握されているような……。
だが、情報が常に正しいとは限らない。常に更新され、常に変動するあくまで前情報、リアルタイムの物ではない。……それを、この人が理解していない訳がない。
「……やはり、君をヴォルカ特務官のパートナーに選んで良かった。」
「光栄です。」
「ヴォルカ特務官の最も苦手とする、雰囲気や空気感から相手の状態を正確に引き抜く能力や少し関わっただけでも個人の深い所までごっそり引き抜ける君の能力は特務局内でも非常に珍しい。……逸材だ。」
「……勿体ないお言葉です。」
「さて、独白ばかりでは君に申し訳ないね。そうだ、私は全く焦ってもいないし、驚いてもいない。そして君の言う通り……今で良かったと思っている。」
「……その理由をお伺いしても?」
「君の学びになるだろう。私はね、アルヴェルト特務官。経験に勝る資産はないと考えている人間だ。君達を知る事も、君達を介して学ぶ事も、どれも素晴らしくかけがえのない物。そして、私が君達に与えられる選択肢が増えれば、君達もアウトプット出来る選択肢が増える。非常に良いサイクルだ。」
「……シュタール主任。学びついでに、追加のご質問をさせていただいても?」
「幾らでも、気が済むまで。」
「……――聞いてらっしゃいますね? 皇帝陛下も、この現状を。」
さっきから、妙な魔力の流れが見える。魔法探知が幾ら苦手なノアでも、こんなにイリスから魔力が溢れ出す中で流れる方向の違う魔力や、何処にも流れていこうとしない魔力を探知する事は造作もない。
現に、ノアにはアルドリックの胸元で留まりながらも周囲に少しずつ溶けていって……いや、周りの魔力を収集している何かが視えている。
アルドリックも隠すような物ではないと判断したのだろう。懐から取り出された万年筆の、シャーペンなどであれば芯を入れる場所。万年筆であれば本来開くはずのない場所がそっと開けられ、先程から周囲の魔力を収集している……魔導レンズが顔を出す。
「お見事。……確か、魔力探知は苦手じゃなかったかな?」
「これだけ膨大な魔力の波で全く動かない魔力の塊を見逃す方が難しいかと。」
「驕らないか、素晴らしい。まぁしかし安心したまえ、こちらから皇帝陛下に情報や情景が伝わる事はあっても、あちらからのアクションあまりない。皇帝陛下も、君達の自由を縛るつもりはないからね。」
「……そうですか。」
「そんな君に1つ、朗報だ。皇帝陛下より君へ下賜する体質が決まったそうだ。明日、朝一番に皇城の謁見室へ。今回は陛下の方で調整し、ヴィクトルのように元々常に非人間族の特性が出るような種族ではないようにされたそうだ。……無論、君の性質とよく似合う。」
「……謹んで頂戴致します、皇帝陛下。特務局主任殿。――今よりも、更なる献身を。」
「期待しているよ。……まぁ、君は既に色々と期待以上だけれどね。」




