第3話
「またのご来店をお待ちしております!」
「行こうか。」
「はい、着いていきます!」
あぁ、そうしてくれ。
共に食事をする中、ノアの事で少し気付いた事がある。このノアという男は背後に居る時の気配を捉えるよりも、正面に居る時の気配を捉える方が難しいという事。
これを意図してやっているのか、それとも無意識にやっているのかでかなり評価が変わる所ではある。それも、今日だけで何処まで分かるのか段々と楽しみになりつつある。
さて、何処までお前は情報を出してくれるのやら。
「アルヴェルト。お前の所属している暗務局だが、派閥があったな。」
「あ、はい。皇帝派と教会派ですね。も~……めちゃくちゃ仲悪いんですよ、お陰で大変なんです。」
「大変。」
「皇帝派は……っていうか、俺からしてみれば主教様がそもそも皇帝陛下万歳タイプなんで、あんまり変わらない気がするんですけど、何方かと言えば俺達局員を育ててより高度な任務に就けるように鍛えるような考え方なんですよ。一方で、皇帝派に関しては既に完成されている局員を上手く配置して動かそうって考え方で。」
「軍隊と学校か。」
「そんな感じです。それで、従う者は同じなのでそこで揉める事は殆どないんですけど、要は教会を上司とするか。それとも軍隊を上司とするかって所で揉めるんですよ。」
「お前は。」
「俺ですか? 俺は教会派ですね。実を言うと……俺、元々主教様に気に入られて暗務局に入ったんですよ。」
「え、あの狂人に?」
「え、あの人やっぱり狂人なんですか?」
自覚はあんのかよ。
この帝国で唯一宗教を名乗る事が許されている、異端審問教会。名前からしてなかなかに過激な組織だが、蓋を開けるとその中身も過激。彼らはアウレリウス帝国皇帝アルヴァリウス・セラフィス・アウレリウスを唯一神として扱っており、皇帝その人は勿論の事、皇帝が作り出した物や思想すらも神聖視していて狂信教と呼ぶに相応しい。
ただ、皇帝さえ絡まなければまともな性格をしている者が多いのもまた事実でその絶妙な温度差が気持ち悪くて仕方ない。イリスとしては、元より宗教が嫌いなのもあって皇城内でも多少の衝突がある組織でもある。
その主教、セヴェリウスも今回イリス達が担当する事になっている大元の話である種族転化によってアラクネの体質を与えられている。種族転化というのは皇帝が研究し、開発し、自分のお気に入りに施す事で一目見ただけでそれを証明する技術だ。
それを、今回の犯人は何らかの方法で再現し、あちこちで乱用しているというのが今回の内容だ。それは、容易な事ではない。
何せ、同じように竜人の体質を与えられたイリスですらも任意のタイミングで人の体質と竜人の体質を切り替える……言わば、姿を変えられるように改良するまで2年の研究を要した。大抵の研究は直ぐに終わらせてしまう、あのイリスですらも。
そういやあの狂人、暗務局の副主任も兼任だったか……?
「……それで? お前はお前を拾ってくれたから教会派に?」
「うーん……。それもあるにはあるんですけど、何方かと言えば帝国派の良さを理解してないので選ぶのが怖い……です、かね? どっちも分かっていれば比較出来ますけど、どっちも分からなかったら現状維持の方が良いじゃないですか。いやまぁ勿論、挑戦するっていう意味では良い事も多いとは思いますけど、だからと言って必ずしも成功する訳ではない訳で。あんまり……その、俺は職場という意味ではそこまで冒険する勇気がなくて。」
「……別に悪い事ではないと思うが。」
「え、本当ですかっ?」
「あぁ。……事実、私だって元々は他国に居た身。そして、成り行きで特務局に所属した身。私の場合は……元の出身国があまり、良い国ではなかった。だから……殆ど選択肢はないような物だった。」
元々イリスがあまり異端審問教会関連や親衛隊と馬が合わないのは、イリスがアルヴァリウス皇帝を暗殺する為にアウレリウス帝国へやってきたからだ。ただ、それがなされる事はなかった。
あの時、イリスは確実に皇帝を殺せたはずだった。それでも暗殺する為、そしてそれをより世界に知らしめる為に強襲した皇帝の執務室。直ぐ傍に親衛隊隊長であるディートリヒ・ヴァルガルトが居る中で、イリスの目に留まったのは皇帝の首ではなく皇帝の手元にあった、皇帝自ら執筆した論文だった。
長らく死に絶えていた好奇心がそれを見るなり息を吹き返し、任務も直前の自らの行動も全て忘れて「それ……読みたい」と言ったのが最初だった。
あそこで見せてくれるアルもアルだが、あそこで読ませてくれたディートリヒもディートリヒだったがな。
「……ヴェルカーさん。」
「ん?」
「ヴェルカーさんは今、幸せですか?」
……?
「質問の意図が分からない。私が幸せである事と、お前に何の関係が?」
「関係はないです。でも、その……やっぱり、自分の憧れた人が少しでも幸せだったら、直接的に関係がなくても嬉しくなるんです。」
「……変な奴だ。」
「はは、よく言われます。」
……。
「……………………まぁ、多分幸せだとは思う。」
「……! そう、ですか。良かったです! じゃあ……これからもずっとヴェルカーさんが幸せでいられるように祈ってますね!」
祈るのは、祈りはあまり好きじゃないんだがな。




